黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 14
彼の異変に気づき、声をかけてきたのはガルシアだった。
「先ほどから続く胸騒ぎが止まないんです。一体どうしてなのか僕にも分からない…」
「うん?何だ、何か歌が聞こえてくるぜ?」
シンは聞き耳を立てた。聞こえるのはオルガンの音に続く人々の歌声であった。
「これは、賛美歌?」
オルガンの伴奏に合わせ、人々の歌はしばらく続いた。礼拝でも行っているのか、いやそれにしては随分と半端な時間である。レムリアでの礼拝は一定して朝に行われている。しかし、今はもう昼過ぎである、何か特別な事で礼拝が行われているのは明白であった。
「教会の方へ行ってみましょう!」
ピカードは言うなり駆け出した。
「おい、ピカード!?」
ロビン達もピカードを追って駆けた。
教会はピカード達のいたところからそう遠くなかった。ピカードが教会へたどり着くと、礼拝は終わったようで、教会からぞろぞろと人が出ていた。皆胸元に喪章を付け、中にはむせび泣く者もいた。
「誰か亡くなったみたいだ。この礼拝は葬儀だったんだな…」
ロビンは言った。
散りゆく人混みの中で数人の人が一カ所に集まっていた。老人が一人、その両隣には若い二人の男女が老人を支えていた。
「あれは、マーティン先生。でもあんなに老けていたかな…」
レムリアの民は歳が百を超えても若々しい姿をしている者ばかりである。ピカードがマーティンと呼んだ老人も彼が最後に見たときはまだ初老の男、といった感じだった。
ピカードにはもう一人知る人物がいた。マーティンが話している中性的な男性である。どこかピカードに似る所がある。
二人の会話は聞き取れた。
「この度は本当に申し訳ないのう…、せめてワシがもう少し若ければあるいは…。うっ、ごほ…ごほ…」
マーティンは咳き込んだ。
「先生はよくやってくれました。命まで削って、そのせいで一気に老いてしまって。お労しい限りです」
「お悔やみの言葉を告げるのはワシの方じゃよ。げほ…ごほ…」
「お体に障ります、どうかお休みください、先生…」
「ごほ…ごほ…、すまんのぅ…ではワシは失礼する。どうか気を確かにな、ウィズル…」
老人は二人の付き人に連れられその場を後にした。
「亡くなったのはあの二人の知り合いだろうか?」
ガルシアは言った。
「ウィズル叔父さんに、マーティン先生…、まさか!?」
ピカードはウィズルという名のレムリアの民めがけて一心に駆け出した。
「ピカード!?」
仲間の制止の言葉も耳に入らなかった。ウィズルとの距離は本当にごく僅かである。しかし、それでもピカードの心の中では一つの思いにより満たされていた。
まさか、とは言ったが、ほぼ確信に近かった。しかし、信じたくない。自らの思うことが外れる可能性はないに等しい。だが、その思いが外れることを願っていた。
ウィズルは右手の指先を額から胸へ、左肩から右肩へ動かし、十字を切って手を合わせ、組んだ。
「我が姉、ネティス。どうか安らかに…、アーメン…」
その言葉と同時にピカードはウィズルの所へ走り着いた。そしてその場に膝を付いた。
「そんな…、そんなのって…」
突然人が膝を付いただけでも驚いたというのに、ウィズルはさらに驚かされる事となった。
「お前、ピカードか!?帰って…、いやそれよりも、お前…」
ピカードは完全に生気の無くなった目をウィズルに向けた。
ロビン達もピカードに追いついた。
「ピカード、急に走り出したりして一体どう…」
ロビンはピカード達の様子を察し、言葉を止めた。
「ピカード、一足遅かった!姉さんは、お前の母さんは、三日前に亡くなった…!」
ウィズルは膝を付くピカードを抱き締め、涙と共に真実を打ち明けた。ピカードはまるで魂のない抜け殻のように一切の反応を示さなかった。
この訃報を聞いた全員は一言も言葉を発する事ができなかった。
「叔父さん…」
ピカードは覇気のない声で訊ねた。
「母さんは、今、どこに?」
ウィズルは流れる涙を拭いもせず、答えた。
「案内しよう、姉さんの居場所まで…」
※※※
海原を一望できる草原に十字の墓石が一つだけあった。そこは墓地ではない、レムリアで最も海がよく見える、それだけのなんの変哲もない原である。
墓石にはダイヤ柄のストールがくくりつけてあった。時折吹く風がその裾を揺らす。
ピカードと仲間達はウィズルに連れられここまでやって来た。
「着いたぞ、ここが姉さんが眠る場所だ…」
この原はネティスが生前、息子、ピカードの旅の無事を祈り続けていた場所であった。そして最期に彼女が事切れていた場所でもある。
「母さん…」
ほとんど周りの人物には聞き取れないほどに小さな声で、ピカードは呟いた。
ネティスが危篤状態となった時、レムリア唯一の診療所でマーティン医師が皆の力を借りて、命まで削って最後の延命のエナジーを使った。そして、その延命は失敗し、ネティスは息を引き取った。エナジーの反動によって、診療所にいた全員が同時にその場に倒れ込んだ。
夕方頃、ウィズルも合わせ、診療所にいた人間全てが目を覚ました。しかし、完全に覚醒できた者は少なく、まだ夢の中にいるかのような感覚に襲われていた。
ネティスの遺体があるであろうベッドを、医術師の一人が覗き込んだ。そしてそこにいた全員が驚き、完全に目を覚ました。
最初はまだ夢を見ているのかとしか思えなかった。しかし、紛れもなく現実の出来事であった。
死んだはずのネティスがベッドの上は愚か、診療所のどこにもいなかった。ネティスは一度息を吹き返したのであった。しかし、肉体はとうに限界に達し、残り数時間ほどしか生きながらえることができなかった。
そんな状態で彼女がするであろう行動は、ずっと一緒にいたウィズルにはすぐに分かった。
最期の最期まで行きたがっていたあの大海原を一望できる原へと残り少ない命を賭して向かったのだ、と思いつくに時間はかからなかった。
急ぎ重い体を引きずりながら診療所の全員でそこを目指した。そして、見つけた。海に向かって祈りを捧げ、裸足でここまで来たせいか足に沢山の傷を負い、冷たくなったネティスがそこに横たわっていた。
「この墓はお前に勅使を下したハイドロ様が哀れんで建ててくださったものだ」
レムリアの王、ハイドロがピカードへ外界へと旅立つという命を下した。無事に帰り着く事ができるかも危ぶまれる命令であった。
自らの夫を事故により亡くしているネティスにとっては何より辛い事実であった。ピカードまでもが事故によりいなくなるのではないか、その心労が祟って病の進行を早めてしまった。
事の責任を感じたハイドロはせめてもの手向け、とネティスが生前好きだった場所へ墓を建ててやったのだった。石も普通の墓石ではない、エナジーロックの成分の混じった決して風化しない特製の物を使った。
「母さん、どうして、僕を残して…」
ピカードは墓にすがりついた。
「どうして僕を残して死んじゃったんだよ!?僕は、僕は…、これから…、どうすれば…?」
ピカードは大声を上げ、そして静かにむせび泣き始めた。
「ピカード…」
ロビンは哀れみ、呼びかけた。
「思えば、あの子は不幸な子だったな…」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 14 作家名:綾田宗