黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 14
レムリアには王位というものは無く、ハイドロが王と呼ばれているのもレムリアの中で最年長者という理由からだった。それ故に先代の王とは直接的な血縁はない。そうした背景からレムリアを統治する者は万年近く生きた者である暗黙の決まりがあった。
ハイドロが若かりし頃、レムリアを統治していたのは女王であった。それも千年も生きていない、当時のハイドロとあまり変わらない若い女性であった。どうして年若き女性がレムリアを統治していたのか、それには深い理由があった。
彼女の先代の王はレムリアでは異例の早世した者であった。血縁による王の決定制度もなければ、そもそも王位事態が存在しない。統治権が与えられるのはその時の年長者であるのだが、当時ウェイアードでも流行った疫病がレムリアにも蔓延し、老人は次々と倒れてしまった。老人に広く感染する疫病であり、レムリアには比較的若いものしかいなくなっていた。そんな中で僅かなる年齢により彼女に統治権が与えられた。
レムリアには統治権に関心のある者は少なく、年若い女性が王になる事に反対するものはいなかった。
年若き女王の統治するレムリアにウェイアードからやってきた青年がいた。女王はレムリア人の特徴である人並み外れた美しさを持っており、青年は女王に心を奪われた。やがて青年と女王は恋に落ち、二人は結ばれ、レムリアでは珍しく子宝に恵まれた。しかし、二人の幸せは永くは続かなかった。
ただの人間であってもレムリアの地にしばらくいるだけでエレメンタルの加護を受け、普通の人よりは寿命を延ばす事が可能であった。しかし、生粋のレムリア人に比べれば微々たるもので、精々百年を超える寿命を得る程度であった。
十年、二十年と時が経つにつれ青年は老人へと変貌していった。やがて老人となった彼は疫病に罹患し、急逝した。残された女王は悲しみに暮れながらも彼との子を大切に育てた。しかし、その子供もすぐに年老いていき、亡くなった。
レムリア人と人間との寿命の大きな差を痛感し、このような思いを二度と、誰にもさせまいと女王は自らの命を削りレムリアとウェイアードを遮断した。そして、それから約百年後、外界との遮断した際の反動により、死を迎えた。
「まさか今になって似たような事が起きようとは、因果なものだな…」
ハイドロの話を聞き、ロビン達は視線を落とした。
「いいんですよ、ハイドロ様。この地に立った時にもう外界とは接触することはないって覚悟してましたから」
ルンパは明るく取り繕って言った。しかしどんなに彼が明るく振る舞おうともそこにいる皆に同情の念が残った。
「しかし、バビの奴は生きているんだろうか?俺と同じくレムリアの加護を受けているからな」
ルンパはふとトレビを支配していたバビの名を出した。二百年前に彼はレムリアを飛び出し、それから消息を絶った男である。外界に自分を知りうる者が他にいないか考えた矢先に思い立ったのだ。
「バビならもう死んだらしいぜ」
ジェラルドが答えた。言うと、もう少し言い方があるだろう、とロビンに咎められた。
「そうか、これで本当に俺を知る奴はいなくなっちまったか」
ルンパとバビは二人同時にレムリアへやってきた外界の人間であった。
ルンパがまだ海賊であった時、手を組んだのがバビであった。彼の目的はその時もレムリアを探す事だった。レムリアと外界が遮断されて間もない頃であったので、レムリアの存在は色濃い伝説だった。
バビはレムリアの長寿の力に魅了され、海賊であったルンパと共にレムリア目指して航海に出た。しかし、外界との遮断のせいでレムリアへ行き着くのは非常に困難を極めた。
そんな中、ルンパとバビは航海中嵐に遭い、難破してしまった。しかし、全くの偶然ではあるが、そのおかげでレムリアにたどり着くことができた。
そして二人は二百年間レムリアに居着く事となり、バビだけレムリアでの生活に嫌気がさし、島を飛び出していったのであった。
「バビ、いけすかねえ奴だったが、くたばっちまったと聞いちゃあ、何ともいえない気分だな…」
「バビは寿命が近づいて死にたくねぇってんでオレ達にレムリア探しを頼み込んできたんだよ」
「そいつは本当か、ジェラルド?だとしたら自業自得だな。わがままさえ言わなきゃ後百年は生きられただろうにな」
「でも、寿命で死んだんじゃないんだ。殺されたんだよ、オレ達の敵にな」
ジェラルドが言うとメアリィが顔を曇らせた。その犯人が同族の者であったからである。
「殺された?なんたって奴が、そりゃあ奴は憎まれやすそうな男だったけどよ…」
「灯台の封印を解くのを早めるためにかの者は殺された、違うか?」
ハイドロが言い、ロビン達は驚いた。
「どうしてその事をご存じなのですか?」
ロビンが訊ねた。
「この床を通せば外界の様子は全て分かる。殊に、私は灯台に関与する者達、すなわちお前達の事はずっと見ていた」
今、ピカードの描いた地図が映し出されている床はあらゆるものを見通す力があった。
「では、もう灯台は残すところ後一つということも?」
「無論だ、そして今世界がどんな危機に瀕しているのかお見せしよう」
ハイドロはルンパから彼の地図を預かり、ピカードの地図のある台に並べて広げた。そして念じるとパチッと指を弾いた。その瞬間床に映し出された映像が一瞬にして変わった。
映し出されたのはルンパの持ってきた地図であった。どうやら台に乗せたものを映す事ができるようであった。
「これはルンパの地図、二百年前のウェイアードの様子だ」
二百年も経った地図のせいか、縁はぼろぼろに破れているが、肝心の中身はまだ見ることができた。
最近のウェイアードはヴィーナス灯台による地殻変動により、もともと離れていた大陸が別の大陸とくっつくなどといったとてつもない変動が起きているが、二百年前と変化はそれほど見られなかった。大陸に関しては、である。
海はどうなっているか、海に目をやってみると東西それぞれの果てにはガイアフォールという巨大な滝がある。こちらも二百年前と今とで変化の痕跡はない。
「この二つの地図を見て何かお気づきではないか?」
ハイドロは誰にともなく訊ねた。
「いえ…」
ロビンが答えた。仲間もハイドロの言う変化に気付いたそぶりを見せなかった。しかし、すぐに変化に気がついた者がいた。
「海だ」
シンである。彼がいち早く世界の驚異に気がついた。
「海だって?」
「おいおい、別に海に何かあるってわけじゃねえじゃねえか」
ガルシアは目を凝らし、ジェラルドは変化に全く気が付いていないどころか気付こうともしない。
「違う、海そのものじゃない、大イースト海とウェスト海の縁、ガイアフォールに変わりがあるんだ」
シンは完全に気付いていた。感心したようにハイドロは頷いた。
「シン、と言ったな。その通りだ、ガイアフォールが広がっているのだ」
ロビン達は驚愕した。
「分かりやすいように二つの地図を交互に映し出そう…」
ハイドロは再びパチンと指を弾いた。するとそれぞれの地図がまるで水中から浮かび上がるように、消えては現れ、現れては消えを繰り返した。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 14 作家名:綾田宗