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名残の、(前編)

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 読まないくせに捨てられなかった雑誌を纏め、資源ごみに出す準備を整えると、コンポを運び出す。これだけの作業で部屋からは何もなくなり、フローリングにワックスをかけるとローデリヒは荷物を運び入れる準備を始めた。
 いの一番に運び込まれたアップライトピアノを壁際に置き、それからベッド、箪笥を入れたらローデリヒの部屋の完成。すみ始めの簡素さはあったものの、こうなってしまったらこいつの部屋の空気が出来てしまっていた。

「兄さん・・・・・。何度も言っただろう?部屋を貸す人を増やす、と。ただでさえ不景気なんだから遊ばせておく部屋はもったいないだろう?」
「それは聞いたが・・・・っ!」
「それに今日が入居日ということも何度も言った。・・・・・・・・・・兄さんとフェリシアーノはずっとゲームをしていて聞いているかどうか怪しかったが」

 聞いてなかった。
 たしかに聞いてはいなかった。
 耳には入ったのだろうが、頭で解析せずに右から左に抜けていたのだろう。
 ぐぅ、と歯軋りしているとフェリちゃんが心配そうな顔で見上げてきた。

「ヴぇ〜、ギルはローデリヒさんが入るのそんなに嫌なの?」
「あっ、当たり前だろ!?俺の三時間!!」
「・・・・・・・うん、それは俺にはフォローできないけど」

 遠い目をして目をそらすフェリシアーノ。
 その後ろからルーイが電卓を片手に歩み寄ってきた。

「兄さん・・・・・。現在この家の家賃がこれだけだとすると、今までの俺たちの割り分がこうだったな?」

 ぷちぷちぷち
 ボタンが押されて具体的な数値が現れる。

「・・・・・・・・あぁ」
「ローデリヒが入ると、4で割るからこうなる」
「・・・・・・・・・・あぁ」

 出された数値は確かに魅力的なものだった。

「ここで兄さんが我侭を言ってローデリヒを押しやると言うのなら、兄さんにローデリヒ分を払ってもらいたいんだが」

 威圧的に、しっかりとした口調で言うルーイの顔は本気だった。弟の癖に俺より頭一つ分でかいコイツに見下ろされ、う、と言葉に詰まる。

「そうだよ、お願いだよっ!俺も最近制作で忙しくて働く時間が限られてくるし・・・・・」

 しょぼん、と言う顔をしてフェリちゃんが言う。
 フェリちゃんは現在、芸術大学の2期生で、一番広い部屋をもらい、ひたすら油絵を描いている。だから家にいる確立は一番高いのに、いつも忙しいのだった。学費と生活費を奨学金とバイト代でまかなっている彼は確かにここ最近疲れているようだった。それはフェリシアーノだけではない。ルーイだって朝早くから夜遅くまで医大で研修や勉強に忙しくバイトで生活費を稼いでいくのが大変になってきた、と前に漏らしていた。
 そんな2人からすると家賃が下がるのは確かに歓迎するべきことだろうし、見つかった人間が良識ありそうなのは願ってもないことだろう。
 2人とは違いフリーターの俺は一日中バイトができる為に一番余裕のある人間で、そんな俺が文句を言い続けるのは確かにいただけない。
 どうせ金がないのはローデリヒも一緒だろう。そんな理由で集まった3人の目に見つめられ、俺はふい、とそっぽを向き、了承の言葉を口にしたのだった。
 こうして、俺たちの共同生活に一人、新しいメンバーが増えた。






 ピアノは夜11時まで。
 それが俺たちの中で取り交わされた約束だった。けれどそれは、逆に言うのならば夜の11時まではエンドレスで音楽がかかると言うことで。

「あ゛〜っ!!もうっ!!一日中ポロンポロンポロンポロンっと」

 鳴り続けるピアノの音。
 それは好きな人にはすばらしい音色に聞こえるかもしれないが、もともとクラシックなど聞かない俺にしては眠りへの呪文にしか聞こえなかった。
 それなのにフェリちゃんは目をうっとりとさせて嬉しそうに「ローデリヒさんの音楽ステキだね〜」などと言っている。その笑顔に水をさすわけにもいかず舌打ちをすると2階に上がり部屋に入る。ついついバタンッ!と強い音を立てて入り、ベッドに寝転がるとヘッドフォンをつけて大声で歌を歌う。
 ルーイに文句を言おうにも、実習続きのあいつが家に帰るのは12時を過ぎるし、フェリちゃんに怒鳴り散らして俺の株が下がるのはいただけない。
 くそ、と悪態をついてヘッドフォンを投げると、音が静まっているのに気付いた。
 時計を見てみるとPM11:00。よっしゃ、と大きく伸びをする。
 落ちていく意識の中でバタン、とドアの開く音を聞いたような気がした。



 バイトが長引き家に帰るのが遅くなってしまったその次の日、家には灯りが灯っていなかった。誰もいないのだろうか、と思い中に入ったところで、ルーイは実習、フェリちゃんは大学のほうで制作の追い込みだと言っていたのを思い出す。
 ・・・・・・・・・・ということは、だ。
 俺は嫌な予感がしながら部屋に入る。
 思った通り、そこにはローデリヒが一人で台所に立っていた。
 うわ、と心の中で舌を出しリビングのテーブルへと近付く。ごと、と荷物を置いた物音に奴は振り返り、俺の姿を見た途端に嫌そうに眉をしかめた。
 予想はしていたこととはいえ、そうされると俺のほうも心が苛立つ。
 俺も食事はまだだったが、こいつと顔をあわせるくらいなら少し待ってから作ろう、そう思い踵を返し階段に足をかけたところだった。

 ぼんっ

 聞いた事のない種類の音が台所から聞こえてくる。
 何事だと思い振り返ると、台所からもくもくと黒い煙が吹き出ていた。ちょ、一体どんな魔法を使ったんだ。そんなマンガにありそうな失敗を実際にする奴は初めて見た。
 慌てて台所に向かうと、黒い煙の下にうずくまってごほごほと咽るローデリヒの姿。

「ちょっ、おま、何やってんだよっ!?」
「・・・・・・・・少し失敗しただけです」
「どうやったらフライパンからこんな煙が出るんだよっ!?ああもう」
 
 ボール一杯に水を入れ、煙を発しているフライパンにかけると、じゅぅ、と言う音を出し、次第に煙が薄まっていく。換気扇をつけ部屋中の窓を開けてみると、フライパンの上には黒焦げになった何かが現れた。

「・・・・・何だこれ」
「・・・・・・・・・・・お忘れなさい」

 ふい、とそっぽを向くローデリヒ。その頬は煤で黒く染まっていた。
 俺はため息をついて台所を片付けはじめる。絶対このお坊ちゃん、料理なんてしてこなかったんだろ。
 適当にジャガイモを千切りにし、フライパンで円形に焼いてガレットを作ると、副食にレタスとトマト、それからヴルストを大量に茹でて夕食の出来上がり。
 たっぷりのケチャップとマスタードをかけてヴルストをガレットに挟みかぶりつくと、ローデリヒが目で訴えてくるものだから、手で示すとおずおずとテーブルにつき、ガレットを取った。
 うわ、ガレットをナイフで切り分けてる・・・・・・。
 上品なそのやり方を目を丸くしてみているとふと目が合う。

「・・・・・・・・・なんですか」

 怪訝そうに言うローデリヒ。
 
「いや・・・・、随分と料理が下手なんだなーっと」
「黙りなさい」

 ぴしゃり、とつめたい声を出すと黙々と食べ続ける。
 その態度にやはりイラっとする。
作品名:名残の、(前編) 作家名:ゆーう