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名残の、(前編)

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「ああ、坊ちゃんは今まで誰かのヒモにでもなって食わせてもらってたのか」

 にやにやと言うと、ますます不愉快そうな態度でガレットを置き、台所においてあったクッキーを取る。
 どうやらそれで食事を済ますらしい。

「お、図星か」
「そんなわけないでしょう」

 どこか声が上ずっている。目尻も赤い。その言い方にもしや、と思う。

「・・・・・・・・もしかしてお前、まだ誰ともつきあったことねぇの?」

 ぶっ

 上品にコーヒーを飲んでいたローデリヒがむせ、ごほ、ごほ、と吐き出された黒い液体がテーブルに溜まる。やっとこいつの弱みを握れたような気がして俺はますます調子に乗ってしまった。

「まじで!?童貞?!」

 はやし立てるように顔を近づけた。
 白磁の肌、整った顔、優れた肩書き。女性なら放って置かないであろうこいつが童貞だとは。
 肩をばしばしと叩きさらにはやし立てると、とうとうコーヒーを顔面にぶちまけられてしまった。熱いとまではいかないものの、顔に生ぬるいコーヒーがかかり、匂いにむせる。

「ちょっ!!?おま!何すんだよ!!」
「お黙りなさい。というか、今後私に話しかけないでいただきたい」

 言って席を立ち自室へと移動する。
 その後姿を見、それでも、やっとあの坊ちゃんの上品ぶった皮をはがすことが出来たことに満足の笑みを浮かべたのだった。


 その後帰ってきて事情を聞いたフェリちゃんに怒られたのは言うまでもなかったが。
 ちくしょう、怒っててもかわいいなぁ!
 と、抱きついていたらさらに帰ってきたルーイに小突かれた。
 ちくしょう。






 寒いな、と思っていたら夕方になって雪が降り始めた。
 頬にかかった雪の粒を片手で振り払うと、俺と、それからもう一人で持っていた看板のバランスが崩れ、はしごの上でバランスを崩しかけた相方に怒鳴られた。
 内心舌を出しながら謝ると、再び看板の取り付けの作業を始める。
 ネオンで飾られたその看板には『Merry Christmas!!』の文字。クリスマスを目前に、この街も赤と緑のオーナメントが目立つようになってきた。
 無事に取り付け配線を確認するとはしごから降り試運転を開始する。無事に光が灯ったその看板は、ショッピングモールの入り口で悪趣味な青と緑の光を放っていた。周囲のオレンジの光と溶け合いカラフルな色調でもって人を迎えるその看板を見ながら、今年もクリスマスにはフェリちゃんがおいしい料理を作ってくれるのだろうかと、ぼんやり思った。
 それなのに、その期待は当の本人に笑顔で持って崩されたのだった。

「ねぇねぇギル〜」

 いつものかわいらしいほえほえとした笑顔で俺を玄関まで迎えに来てくれる奴と言えば、この家では一人しかいない。

「見てみて〜!これ!」

 ハグしようと両手を広げたら、それの前に差し出された3枚のチケット。

「ローデリヒさんのコンサートのチケットだよ!クリスマスにあるんだ!!」

 皆で行こう!と言って俺の手を取るがしかし、俺は眉をしかめてその手を振り払った。

「なんで俺があのお坊ちゃんのコンサートに行かなきゃいけねーんだよっ!」

 前にからかった日以来、顔をあわせても挨拶もしなくなったあいつを見て腹が立つ。ぷぅぷぅと頬を膨らませていたら、フェリちゃんが悲しそうな顔をするから慌てて取り繕うとした、その時だった。
 目の前をよぎる黒い物体。
 ごん、と鈍い音がして床に倒れこむ。目の前を星がちかちかと舞う。
 なんなんだ、と飛んできた物を見たら小型フライパン。
 ちょっと待て、小型でもこれはやばいだろ。
 飛んできた方向には数ヶ月前にまさかの再開をしたエリザベータが立っていた。

「ちょっと!ローデリヒさんのせっかくのご好意を無駄にするつもり!?」
「なっ!」

 形のいい眉をつりあがらせ、こちらを睨みつけているエリザベータに負けじと向かい合う。

「なんでお前がここにいるんだよっ!」
「コンサートの練習に決まってるでしょっ!?ほらここ、ヴォーカルに私の名前」

 言ってチケットの端のほうを指差す。
 確かに書いてあった。俺はまじまじとエリザベータとチケットをかわるがわる見る。

「・・・・・・・・・お前、音大生だったのか?」
「そうよ」
「エリザベータさんとローデリヒさんは今回のコンサートでコラボするんだって」

 楽しみだね、と言って笑うフェリちゃんに、誇らしげに、嬉しそうに笑うエリザベータ。その顔に何故だか心がざわついた。
 丁度その時、背後で玄関の扉が開き、ローデリヒとルーイが連れ立って帰ってきた。

「・・・・・・・・何をしてるんだ?」

 倒れている俺と、その周りに集まって話をしている2人にルーイが怪訝な顔をする。その後ろにいるローデリヒの顔を盗み見て、再び心臓がざわざわと落ち着かなくなる。
 なんだこれ。
 嫌いすぎて拒否反応でも始めたか?俺の心臓。

「・・・・お前たちこそ何で連れ立って帰ってきてるんだ?」

 言うと、ローデリヒが頬を赤くしてそっぽを向き、ルーイは気まずそうにたまたま会った、とだけ伝えた。何だその反応。

「そんなことより、さっさと練習を始めましょう、エリザ」

 ルーイの横を抜けてエリザとともに2階へ上がるローデリヒ。その後姿を見ていると、フェリちゃんはルーイにも俺と同じようにローデリヒのコンサートへと誘っていた。

「クリスマスにあるんだって〜!なんだかロマンチックだね!」

 フェリちゃんと2人きりならともかくとしてなんで野郎3人でロマンを求める。

「ほぅ、それはありがたいな」

 対するルーイも乗り気だ。
 まさか行く気じゃないだろうな・・・・・・・。

「兄さんも行くだろう?」

 聞かれてますます苦い顔をしていると、ルーイも負けじと眉をしかめた。

「・・・・・・・兄さん、どうしてそんなにローデリヒが嫌いなんだ」
「・・・・・・・別に」
「あのね、ギル。このチケット、ローデリヒさんがくれたんだよ」
「それが」
「今の音大生ってね、財政状況が厳しくてね、コンサートを開いて誰かを招待したくても、一ピアニストの権限じゃ招待券はもらえないの」
「・・・・・・・・つまり」
「だから、誰かを招待したかったら割り引きチケットを買って贈らなきゃいけないの。・・・・・この意味わかるよね?」

 言ってフェリちゃんは3枚のチケットを示す。
 フェリちゃんと、ルーイと、それから俺のものであろうそのチケット。
 あんなにからかったのに、ちゃんと俺の分も買ったのか。それも、金がない音大生が。

「・・・・・・・・・・・」

 ほだされそうになり、それでも意地が邪魔をして、せめて何も言わずにチケットを一枚、フェリちゃんの手から抜き取って自室へと引きこもったのだった。






「はぁっ!?」

 12月25日。6時開幕のコンサートに5時半にはバイトを切り抜けられるようにシフトを組んでいたはずなのに、まさかのバイト仲間の腹痛によりバイト延長を言い渡され、俺は間抜けな声をあげるハメとなったのだった。
 ちょっと待て、俺とフェリちゃんのクリスマスデートはどうなるんだ!?
作品名:名残の、(前編) 作家名:ゆーう