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名残の、(前編)

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「ストーブもつけっぱなしで・・・・・・・・。今消したら凍死しそうですが」
「坊ちゃんも一緒にここで寝ればいいんじゃね?ほら、ルーイなんかフェリちゃん抱きしめて寝てるから寒くなさそう・・・・・・・・って、オイ、いつの間に!!」

 軽く流す所だった事実にもう一度見返す。
 ちょ、本当にあいつらくっついて寝てやがる!そりゃ寒くないはずだよな!
 正確にはフェリちゃんのほうがルーイにくっついているのだが。
 それを見てぎりぎりと歯をならす俺を見ていたローデリヒのほうからため息が聞こえる。

「・・・・・・・・・・まだサンタでいるつもりですか?」
「あ?・・・・・・・・あっ!」

 そう言えば帰ってからまだ着替えていない。
 俺は苦々しい思いで上に来たサンタ服だけ脱いだ。
 下には黒いセーター。これだけではまだ寒い。ローデリヒにかけられた毛布を巻きなおしていると、ぼそり、とローデリヒがつぶやいた。

「・・・・・・・・・・・ケーキ、ありがとうございました」
「あー・・・・・・・・。無事だったか」
「・・・・・・・・・まぁ」

 俺たちの家で開けた方のケーキは無残なくらいに片寄っていた。当然と言えば当然だろう。走ってきたのだから。

「・・・・・・・・コンサートも」

 ぼそり、と口の中でつぶやかれる。
 その空気が気恥ずかしくて、フェリちゃんが悲しむからな、と言うとそっぽを向き、再び寝る姿勢に入ると、そうですか、とローデリヒはつぶやいてホットワインを作るとカップに移し持つ。
 リビングから去る前にふぃにこちらを振り向き、聞いた事のないような穏やかな声で言った。

「おやすみなさい」

 湯気と逆光によりどんな表情をしているのかはわからなかった。
 それでも、俺の脳内で勝手に構成されたその表情に頬を緩める。
 なんだ、かわいい所あるんじゃないか。
 フェリちゃんには負けるけど。そう思いながら今度こそ再び眠りについた。



 ちらほらと花の咲き始めた春の始め、俺の携帯に一通の着信が着た。
 バイトが終わるのを見計らったかのようにかかってきたその電話は弟からのもので、着信表示を見る前に電話に出た俺は低い独特の声で相手を知る。
 清掃のバイトのバイト先のロッカールームでツナギを脱いで畳みもせずにしまう。俺のほかにもシフトを終えた奴らが数人備え付けの事務用のいすに座ってタバコをふかしたり携帯を見たりしていた。そんな光景を眺めながらもしもし、と言う声に相槌を打つ。

「兄貴、今大丈夫か?」
「ああ。丁度バイト終わった所」
「そうか」

 言ってしばらくの間。
 こいつにしては珍しく戸惑ったように沈黙した後、あのな、と話を続けた。

「ローデリヒが迷子になった」
「・・・・・・・・・・・は?」
「迎えに行って欲しい。あいつの番号を知ってるな?」
「ちょっと待て」

 なんなんだその子供のような待遇は。
 頭の中にあの済ました顔の坊ちゃんの顔が思い浮かぶ。
 いやいやいや。
 まさか。
 そんな。

「なんだ」
「なんだじゃねぇよ。あいつももういい歳なんだから」
「・・・・・・・・・・・」

 電話口で重いため息。

「俺も最初はそう思っていた。しかし、あいつの方向音痴はすごい。本当にすごい」
「はぁ!?」
「とりあえず、迎えに行ってやってくれ。俺は実習が終わらないし、フェリシアーノは展覧会の為の話し合いから抜けられないらしい」

 言ってほぼ一方的に電話を切るルーイ。
 ツー、ツー、と電話の音がするのをまじまじと見て、先ほどの電話の内容を反芻する。
 嘘だろ?
 いくら方向音痴とはいえさすがにそれはありえないだろ?
 思いながら携帯から電話帳を開き、一度もかけたことのなかった名前を検索する。
 二度、三度ほど決定ボタンを押すのをためらった後、勢いよく押す。機械的な呼び出し音を聞きながら、どこか苦々しい思いをかみ締めていた。
 クリスマス以来、縮まるでもなく伸びるでもない距離をたもったまま、まさか俺にこんな用事を任される日が来るとは思わなかった。
 それと同時に、よくルーイやフェリちゃんがローデリヒと一緒に帰ってくる理由が分かった。まさかこういうことだったとは。
 数度の呼び出し音のあとに出る低い声。

「・・・・・・もしもし」

 携帯の表示から、電話をかけているのが俺だということはわかっているのだろう、どこか固い声だった。

「よぉ、迷子になったそうじゃねぇか」
「・・・・・・ええ、まぁ」
「迎えに行ってやってもいいぜ」
「でしたらさっさといらっしゃいなさい」

 どこまでも上から目線の男に息を出さないように笑う。
 しばらく暮らしてきてわかったが、こういう言い方をしつつもそこまで悪意はないらしい。

「そうだなぁ、土下座して『お願いしますギルベルトさん、はやく来てください』って言うんだったら」

 ブツ

 怒ったのだろう、一方的に電話を切られた。
 思わず腹を抱えて笑ってしまうと、腕の中の携帯が震えて着信音が鳴り響く。

「・・・・・・・・言いませんが来て下さい」
「お願いします、は?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 無言になるローデリヒ。俺のほうも無言になって待っていると、やっと電話口から声が聞こえてきた。

「・・・・・・・・・・・・・・お願いします」
「やっと素直になったか!」

 ふはははは、と笑うと息を呑んだ音のあと無言になる。

「で、今どこにいるんだ?」
「知りません」
「あぁ!?」

 尊大な態度で言うと、帰ってくる尊大な返事。

「ルーイに迎えに来れないと言われて一人で帰ろうと歩いていたら見たこともない場所に来てしまいました。だからあなたが迎えに来なさい」
「無茶言うな」

 まさかの回答に頭を抱える。
 いい加減ロッカールームを出ようと思い、鍵と財布を鞄にしまうと乱暴にロッカーを閉めて部屋を後にする。

「じゃあ、今周りに何が見えるんだ?」
「レンガと小道。それから進んだ先に街灯がありますね」
「わかんねぇよ」
「近道しようと思いまして、小道に入ったら知らないところへ来てしまいました」
「・・・・・・・・・・なんでそんなこと」

 方向音痴が無茶するんじゃねぇよ、そう思いため息をついてから、街灯のある道へと戻るように指示を出す。
 表通りは煌びやかな店が並んでいるのだが、その実、裏通りに一歩足を踏み入れると、どこも似たような小道が続いており、観光客や慣れてない人はすぐに道に迷うのだった。

「・・・・・・すみません」

 憮然とした態度で声が聞こえる。
 とりあえず街灯の有る場所へ出たと言うローデリヒはさらに周囲にあるものを探し始めた。

「・・・・・・・・ピンクの家が見えます」
「・・・・ピンクの家?」
「周囲は白や茶色の家ばかりの場所にひとつ、目立つようなピンクの家があります」
「・・・・・ピンク?」

 頭の中で住所を探す。
 ずっとすんでいるこの街なのに、そんな場所は思い浮かばなかった。
 もともとどこから帰ろうとしていたのかを聞くと、ここから走っても20分はかかる駅だった。

「ピンクの家以外には何が見える?」
作品名:名残の、(前編) 作家名:ゆーう