タイムドライバー
~2~
タイムマシンと言われてもそれがどのような機械なのか、ガムリンには大きさも形も想像がつかなかった。
作り上げたのは千葉の古くからの友人であるメカニックたちだという。
昔見た映画ではスポーツカーだった事を思いだせば、今、目の前にある戦闘機がそうだと言われても違和感はなかった。
バトロイドへの変形はしない。必要なのはフォールドシステムだ。
超時空移動中の一時間は通常時間の10日間に相当する。
その時差を利用して時間を越えるという理論だ。
しかし、その理論では未来にしか行かれない。
過去への時間移動は不可能だ。
だが、彼らはごく、低い確率ではあるが過去へ時間移動する方法が
ブラックホールのマイナスのエネルギーによって可能である事を立証したのだった。
のちにブラックホールを生み出す事になるギギルが鍵となる。
更にそこに精神を引っ張られるバサラのいる時代へなら、過去への跳躍も可能だというのだ。
だが、成功する可能性は極めて低かった。
誤って未来へ飛ばされる可能性がはるかに高いのだ。
もし失敗すれば、20年後の未来へと飛ばされ二度と戻れないだろう。
それでも構わなかった。
バサラがいない世界など、どこだって同じ事だ。
たとえ僅かな確率だとしてもバサラを救えるのなら賭けるしかない。
今生の別れになるかもしれないと、眠ったままのバサラの顔を見るため病院へ戻ったガムリンを、千葉は深刻な顔で待っていた。
「お前が20年前に戻りたいと強く願う程、確率は引き上げられるだろう。大丈夫だ、必ず過去はお前を引き寄せてくれる。
もし、失敗しても、20年後の我々が過去へ確実に戻れるタイムマシンを作って待っていてやる」
搭乗前に千葉は、ガムリンの手を強く握りながら言った。
「ああ、それから、過去へ行ったら、過去の私にこの手紙を渡してくれ。
必ず渡すんだぞ、いいな」
「千葉、ありがとう。行ってくる」
ガムリンは千葉が差し出した白い封筒を受け取ると、静かにタイムマシンへ乗り込んだ。
コックピットは乗り慣れた戦闘機のそれと同じで、ガムリンの心は予想外に落ち着いていた。
しばらく目を閉じていると、20年前の自分やバサラ、ミレーヌたちが思い出された。
懐かしさと苦さと切なさが入り交じるこの想いこそ、自分を過去へ引き寄せてくれると信じた。
司令室から千葉が発進の合図をしてきた。
一度宇宙空間へ出てから、フォールド航行に入るため、ガムリンは計器のチェックと進路を確認すると機体を発進させた。
これまで経験したフォールドと感覚的には変わらなかった。
フォールドアウトしたガムリンが最初に見た光景は
貝殻を開いたようなシティ7の見慣れた姿だった。
位置は合っているが、果たしていつの時代なのだろうか?
ガムリンは祈る思いで、当時の識別信号を発しながら民間機用の着鑑ゲートへ向かった。
識別信号が受諾されたことと、記憶にある着艦ゲートから、ここがマクロス7船団であることは間違いなかった。
そして少なくとも未来ではない。
目的とした時代に戻れたかを確かめる為に、ガムリンはシティの中へ潜入した。
この時代の自分を知る物に出くわすのは面倒な事になりそうだと、
ガムリンは、ヘルメットを外さなかった。
濃いシールドでその顔は見えない。
身につけているのは統合軍のものとは違う、黒いパイロットスーツだった。
少々怪しげな格好ではあるが、正体を知られずにすむだろう。
街の中はすでに夜も更けて、灯りは少なく人の姿もなかった。
日付の手がかりになるものを探しながら裏通りを忍ぶように進むと、
コツコツと近づく足音が聞えた。
物陰に潜んで様子を覗うと、ガムリンは目にした男の姿に息を呑んだ。
バサラだった。
背中に歌エネルギー変換システムを背負い、両手をジーンズのポケットに突っ込んで一人、夜の街を歩いていた。
バサラの様子から、恐らく目的とする時代に到着したのは間違いなかった。
今、目に映るバサラに、未来に残してきたバサラの姿を重ねると、ガムリンの胸は押しつぶされそうに軋んだ。
目に焼きつけるようにじっと見たバサラは、うつむき加減で、憂いた顔をしている。
その表情と、不自然な装備を不審に感じたガムリンは、気づかれぬようそっとバサラの後を付けた。
懐かしい背中を見守るように追いかけると、辿り着いたのは植物プラントだった。
木の陰に身を隠して様子を覗うと、バサラは置かれたままのアンプに電源を入れ、
ギターを構えると歌い始めた。
空中にぼんやりと光る球体が浮かぶのを見つけた ガムリンは一瞬、目を疑った。
その中に見たのは胎児のように身を丸めて眠る、裸身のシビルだった。
ガムリンは、バサラが夜毎に出かけていく事を不安に思ったミレーヌから、相談を受けた事を思い出していた。
バサラは、シビルを目覚めさせる為に、このプラントへ通い、
歌を聴かせていたのだろう。
一心に、祈るような切ない想いを込めてバサラは歌っていた。
見たこともない真剣な眼差しにガムリンの心は言いようのない苦しさに震えた。
”俺は俺の歌の可能性に挑戦したいんだ”
そう言って戦場で歌っていたバサラと、今、目の前にいるバサラはまるで違う。
(バサラ……お前にとって、このシビルとはいったい何なんだ?
これではまるで……)
ガムリンは胸の苦しさに強く拳を握りしめた。
「くっ……そっ」
吐き捨てるような小さな声が聞こえた。
何者かの気配を感じて辺りをうかがうと、ガムリンとは反対側の木の陰に黒いコートの人影があった。
相手に気づかれないように目を凝らして見れば、
食いしばるような苦い表情をしたギギルが、歌うバサラとシビルをじっと見つめていた。
自分と同じようにその拳はきつく握りしめられていた。
ギギルとシビル。
バサラがその精神を引かれるほどに心を傾けた二人との間に何があったのか、ガムリンは知りたかった。
だが、同時に、今、ここでギギルを抹殺してしまえば、二人の繋がれた心の糸を断ち切れるのではないかと考えた。
命を奪うことに躊躇いはあった。
バロータ戦役が終結した未来からやってきたガムリンにとって、
ギギルはもはや敵ではない。
シビルを想い崩壊していく末路を知っていることに、憐憫の情さえ感じる。
それでもガムリンは、携えてきた銃を構えると、ギギルに狙いを定めた。
震える指先を引き金にかけたガムリンの耳に、一心に歌うバサラの歌が流れ込む。
(バサラ……お前は俺を許さないだろう……
だが、俺は……お前を救うためなら……
誰かの命を奪うことも厭わない!)
決意を込めて引き金を引くと、一筋の弾丸がギギルをめがけて放たれた。
しかし、揺れていた心が狙いを誤らせたのか、ギギルの鼻先を掠めた弾丸は装着していたマスクを弾き飛ばしただけだった。
ギギルは自分を狙った銃弾がどこから放たれたのか警戒しながら木の陰に身を潜めた。
こうなったら確実にしとめねばと、ガムリンは飛び出すとギギルに向かって打ち込むべく銃を構えた。
だが、その前にバサラが立ちはだかった。
「なにしやがる!」