タイムドライバー
~3~
惑星ラクス。
マクロス5船団が発見した緑と水の豊かな星だった。
今、ここに存在しているが、20年後の未来からきたガムリンには過去のことだった。
その大地にガムリンは居た。
移民が可能と思われたこの星がもし、消滅しなかったら船団の行く道は変わっていただろう。
しかし、運命は変えられない。
未来から来た自分が決して干渉してはならない事だ。
ガムリンはギギルの命を奪おうとしたことを悔いていた。
変えるべきは運命でなく、バサラの心だ。
それだけがこの時代でガムリンに許されるただ一つのことであり、
バサラを救う術だと思われた。
この数日、ガムリンは惑星ラクスを彷徨うバサラを見守っていた。
未来から乗ってきた戦闘機でつかず離れずに追い続けた。
特殊なステルスバリアと、レーダーに関知されないシステムを持つ機体は、誰にも発見されることはなかった。
バサラは迷い、何かを探すように彷徨っている。
そのバサラを追う、若き日の自分とミレーヌの姿も目撃した。
あの時のガムリンもまた、軍に不審を抱き、一時的に軍を離れていた。
それまで信じていた自分の生き方に迷いを感じていた。
ミレーヌと二人きりなのに、浮かれるどころか心はどこか虚ろだった。
目の前に茶色い荒野が広がっている。
バルキリーを降りたバサラが、一人、焚き火を前に座り込む姿をガムリンは遠くから見守っていた。
バサラは歌うでもなくギターを見ては爪弾き、そしてじっと考え込むように空を見上げたかと思うと、大きく手を広げ寝ころんだ。
それを幾度となく繰り返している。
日の暮れる頃からだから、どのくらいそうしていただろう。
今はもう、あたりは暗く闇に包まれ始めていた。
ガムリンは離れて留めた戦闘機から見守っていたが、焚き火を頼りにするには暗すぎるかと、赤外線スコープを準備した。
のぞき込めば、小さくなった焚き火は、緩く吹く風に消されかかっている。
横になったままのバサラは眠り込んだらしく気が付いていない。
辺りの草むらを見れば闇の中に、黄色い目がいくつも光っていた。
どうやら、狼のような生き物がバサラを狙っているようだ。
危険を感じたガムリンは、警戒しながら焚き火に近づくと急いで火を起こし直した。
大きく揺らめき出す炎に獣達が後退る気配を感じ、ガムリンは胸をなで下ろすと同時にはっとした。
後先を考えずに飛び出してしまったと、バサラを振り返って見たが、目覚める気配はなかった。
ヘルメットは装着したままなので、素顔を見られることはないが、その姿にほっと息をついた。
余程、憔悴しているのだろうか、傍らまで歩み寄るとガムリンはバサラの顔をのぞき込んだ。
肌寒いのか、両腕を交差させ、少し背を丸めるように横たわるバサラの顔には疲れが浮かび、砂に乾く肌がくすんだ色をしていた。
「歌わないお前は本当のお前じゃない」か…………
若かりし日の自分がバサラへ投げかけた言葉を、ガムリンは苦い思いで噛みしめていた。
あの時、バサラはどんな気持ちでその言葉を受けとめたのだろう?
歌おうが、歌うまいが、お前はお前……なのにな。
お前だって、歌えない時もある。
歌がお前のすべてじゃない。
歌うお前も、歌わないお前も、俺は、お前のすべてを……愛している。
手袋を外したガムリンはバサラの寝顔を見つめると、砂まみれの髪や顔にそっと触れた。
起こさないように羽根が触れるくらいの優しい手つきで砂を払ってやる。
あの頃、自分もまた、軍がわからなくなっていた。
悩んでいた。
いつでもまっすぐに歌うことしか頭になくて、迷うことなどないと思っていたバサラもまた、自分の歌がわからなくなっていた。
共に、道を無くした二人。
あの時、初めて、バサラにも迷いや弱さがあることを知った。
安らかとは言えないその寝顔を、胸が締め付けられそうになりながら、見ていた。
ギギルとの糸を立ち切る術を未だに見つけられずにいる焦燥感が、
いっそこのまま、この世界に留まってしまえたらいいのにと思わせてしまう。
浮かんだ思考を振り払うようにガムリンは髪を撫でていた手をきつく握りしめた。
「ん……」
バサラが僅かに身じろぐと息を漏らした。
その唇は乾ききっている。
水や食料などの準備も無しに飛び出して来たのだろう。
ガムリンは腰に装備したポーチから飲料水のボトルを取り出すと、バサラの傍らに置いて立ち上がった。
目覚めそうな気配を感じ、ガムリンは慌てて戦闘機へ戻ろうと忍ぶように歩きだした。
「おい、待てよ」
その背中に声が掛けられた。
逃げ去ろうにも、親しんだ声には抗えずに足を止めてしまう。
ガムリンは振り向かずに立ち止まった。
しばらくの沈黙のあとバサラがぼそりと口を開いた。
「なぁ、……
詮索はしねぇから、少し、話しでもしないか?」
振り返れば、起きあがったバサラが飲料水のボトルとガムリンの姿を交互に見ている。
このまま、陰から見守っていてもバサラを救う手だては見つからないかもしれない。
ならば、バサラと直接接触することで糸口を掴むことが出来るかもしれない。
ここは応じて見ても良いかとガムリンは思考を巡らせるとゆっくりと歩み寄った。
隣へ座れというようなバサラの視線に促され腰を降ろすと、シュっとボトルを開ける音が聞こえた。
喉を鳴らし水を流し込むバサラの姿に、ガムリンの表情はふわりと緩んだが濃いバイザーで見られる事はなかった。
「なぁ、あいつさ、シビルの為になんであんなにも懸命になれるんだろうな……」
バサラがおもむろに話し始めた。
あいつとはギギルの事を言っているのだろう。
「俺の歌はシビルに届いたんだろうか…………?
歌は届いたかもしれないけど、俺の思いは届いて無かったのかもしれない……
そもそも、俺の思いなんてあったんだろうか?
ただ、歌を聴かせたかっただけでさ。
あいつみたいに、シビルを思ってたんだろうか?
歌うことばかりでさ、誰かに夢中になるなんて事、なかったからな……」
バサラは答えを求めるでもなく、ただ話すだけだった。
ゆらゆらと燃える焚き火の赤い色が、バサラのメガネと、ガムリンのヘルメットを照らしていた。
「おまえは夢中になるほど、誰かを好きになったことあるのか?」
焚き火を見つめながらバサラが問いかけてきた。
(ああ、あるさ……狂おしいほどに、お前を想っている……)
問われた言葉に応えるように、ガムリンは小さく頷いた。
「ガムリンも、ミレーヌの為だったら、命を掛けても構わないってタイプだよな……
違うか……あいつは軍人だから、任務の為なら命を掛ける覚悟があるのか……」
自分の話を持ち出され、ガムリンの心臓がどきりと脈打った。
バサラは自分の正体について何か気が付いたのだろうかと盗み見た横顔は淋しそうで、深い孤独感が伝わってくる。
予想外の表情にガムリンは困惑した。
「歌わない俺は……、俺じゃないのかな……?」
バサラがこぼした小さなつぶやきは、バサラを叱咤した己の言葉だった。
あの頃の若い自分には、バサラと歌はひとつも同じだった。
歌があってこそ、バサラだと。
しかし今ならば判る。お前はお前だ。