タイムドライバー
軍人をやめたところで生き方を変えられない自分もまた、同じだった。
「歌おうが歌うまいが、お前はお前だ。お前の本質は何も変わらない……」
初めて答えたガムリンの言葉に、バサラは驚いたように目を見開いた。
炎に照り返された金色の瞳が揺れていた。
「……詮索しない約束だったのにな。
悪りぃ……やっぱ、顔を見せてくれないか……」
すまなさそうにバイザーの奥をのぞき込んでくる目は、縋りつく子供のようで、
こんなに頼りない顔を見たのは初めてだと思った。
拒める訳はなかった。
ガムリンはヘルメットに手を掛けるとゆっくりとロックをはずしその顔を晒した。
バサラの反応が怖くて、目が合わせられない。
注がれる視線は驚くでもなく、観察するように見つめられた。
知っていたのだろうか?
「ガムリンなのか?」
身内の者だとか誤魔化す口実はいくつか用意していたが、意味が無いように思えた。
「お前がそう思うなら、そう思えばいい……」
「じゃ、そう思うことにする。けど、なんでお前、歳とってるんだ?」
顔を見せた途端にこれだ。バサラはどこか面白げに訊いてきた。
「詮索しない、約束だったろう!」
ガムリンはもうこれ以上は答えないとばかりに言い放つと口を閉ざした。
それでも、先ほどの頼りなさげな様子が少しばかり陰を潜めて居ることに安堵した。
答えないガムリンをバサラは横から、後からと眺め回している。
歳を重ねた自分を、若いバサラに見られるのはどうにも居心地が悪い。
見るだけでは飽き足らないバサラがガムリンの髪や頬に手を伸ばした。
「やっぱ……ガムリンだよなぁ」
「よせ、離せ!」
触れられた手の感触に胸の奥をくすぐられるが、気づかれまいと振り払った。
「う~ん……未来から来たとか、そんな話か?」
バサラの言葉に口を開いたまま一瞬ガムリンは固まってから、視線を泳がせた。
わかりやすい表情にバサラは察したのか、二度三度頷づきながら薄く笑っていた。
妙な所で勘がいい。そして顔に出やすい自分の性格を恨めしく思った。
「だけど、なんで?……って悪ぃ……訳ありみたいだよな。もう、訊かねぇよ……」
ガムリンの事情を察したのかバサラは態度を変え大人しく口を噤んだ。
訊きたいことは山ほどあるだろうに、そういうところが、この男の優しい所だと思った。
黙り込んだバサラが急に愛おしく思え、ガムリンから口を開いた。
「お前の思うとおり、俺は未来から来た。
未来の事も、俺がここに来た理由も、多くを語ることは出来ない。
だけど、ひとつだけなら、お前の問いに答えてやる」
ガムリンは何を訊かれても、嘘はつきたくないと思った。
焚き火から目を逸らさずにバサラはただ一つだけの問いを考えているようだった。
「なぁ……未来のお前の傍に、俺は居るか……」
バサラが訊いたのはその一言だった。
今の時点での二人には、友情の範疇を越える想いはない。
少なくともガムリンはそう思っていた。
言葉を選びながら答えた。
「ああ、いるさ」
お前は時々、ふらりとどこかへ行っちまうが、俺たちはいつも共にいる。
心はいつでも寄り添っている。
目の前のバサラを通して、未来に残してきた四十を過ぎても未だ無邪気さを含んだバサラの顔を見ていた。
友情以上の感情を含みながら、子供に向けるみたいな柔らかい眼差しでつい見つめてしまった。
焚き火に照らされてなのか、バサラの顔がほんのりと染まっているように見えた。
答えに満足したようにバサラは小さく頷くとまた、黙りこんでしまった。
「答えはいつだって歌の中にある。だから、歌えよ……きっと見つかるから……」
ガムリンに言われ、立ち上がったバサラは遠くに聳える高い山を見据えていた。
「山……か……」
何かを思い出すようにバサラは呟いた。
見上げていた空を球体のような光が尾を引きながら流れて行った。
シビルの光だろう。
「行けよ……」
ガムリンにもわからなかった。
ギギルとバサラの糸をどうしたら断ち切れるのかわからないままだった。
けれども、ガムリンはバサラを行かせてやりたかった。
「見つけて来いよ、お前の歌を……」
言いながら立ち上がったガムリンに、バサラが向き合った。
顔の横に手を上げるようにすれば、バサラがその手にタッチしながら横をすり抜けて行った。
そのままバルキリーに乗り込む姿をガムリンはじっと見送った。
やがて脚部エンジンを噴射させた、ガウォーク形態の紅いバルキリーは遠ざかって行った。
「どうしたらいい……俺は……」
未来に残してきたバサラを想い、ガムリンはきつく拳を握りしめた。
~オマケのようなお話~
植物プラントで出会った謎の男の正体が気になって、バサラが取った行動とは?
(本編が未来ガムリン主観のシリアスなので、組み込めなかった。
番外編的に)
湖の近くにバルキリーを止めたバサラは、レイに駆け寄った。
エンジンをやられ撃墜されたが、どうやら無事のようだ。
やれやれと安心したところへ、遅れて降りてきたガムリンに後から声を掛けられた。
「バサラ、しょっちゅう居なくなるんだってな。ミレーヌさんが心配しているぞ」
プラントへシビルに歌を聞かせに行っていることは、誰にも知られたくなかった。
「知らねぇな、そんなこと、それより、操縦の腕、上げたな」
「どうだか」
ガムリンは謙遜して見せたが、本来ならこの男はもっと早くにその域に達していただろう。
何かを吹っ切ったのだろうかと、先ほどの見事な飛びっぷりを思い出していた。
話題を変えてはみたが、やはり、あのプラントで出会った男のことが気になっていた。
ガムリンに似ていた。
あれはいったい……
ガムリンに親戚や兄弟がいるなんて聞いたことはない。
雰囲気こそどこか違っていたが、ガムリンだと思わせる何かがあの男にはあった。
おかしな事だと思いながらも否定仕切れない考えに、ついついバサラは、
ガムリンの顔に見入っていた。
「な、何だよ、人の顔、じっとみて……」
「お前、兄弟とか、親戚とかこの船団にいるか?」
「い、居ないが……なんで急にそんな事を聞く」
ガムリンは面食らいながらも答えた。嘘は付いていないだろう。
考え込んだバサラはどうしても確かめたくて、しばし躊躇うとガムリンの胸の中に飛び込んだ。
背中に腕を回し、ぴったりと胸板に頬を押しつけると、パイロットスーツを通してガムリンの鼓動が聞こえる。
「うわぁ!何をするんだ、おまえは」
突然、抱きつかれたガムリンは慌てながらバサラの身体を引き離そうとするが、
まだ、確信がつかめないバサラは強くガムリンの胸に抱きついたままだった。
「ちょっ、バサラ、頼むから離れてくれ……」
力づくでは離れないとわかったのかガムリンは、困り果てた紅い顔で懇願する。
ガムリンの鼓動が先ほどより早く脈打っている。
そして自分のそれもドキリと大きく音を立てるようだった。
あの時の感覚と似ている……
だけど何かが少し違う……。
包まれた時の匂いや体温とか、胸の厚さや腕の形、それらが同じ物だったと思えるのに、