タイムドライバー
~4~
2066
ベッドに横たわるバサラは、日に日にその姿を薄くしていった。
千葉は、すべての手は尽くしたと、ガムリンの還りを待つしかなかった。
眠るようなバサラの表情が穏やかなことが、千葉にとっても救いだった。
ガムリンが出発してから、もう三日が過ぎようとしていた。
「ガムリン、まだなのか……」
ガムリンが何かを掴めば、きっとバサラの状態に変化が起こるはずだ。
じっと見ていた千葉が言葉を吐き出した時、
もう僅かにしか目に移らないバサラの姿が、すぅっと消えていった。
初めからそこには何もなかったかのように、ベッドの上にはシーツの皺さえない。
膝を折った千葉は何もないベッドの上を、探すようになぞり続けた。
「どう言うことだ!間に合わなかったのか!」
千葉の大声に何事かと駆けつけた医師たちも呆然とベッドを見つめていた。
2046
マクロス7ブリッジにオペレーターの悲痛な声が響いた。
「フォールドシステムが全く作動しないと各艦から連絡が入っています!」
「馬鹿な……」
艦長さえも呆然とするブリッジに映像通信が割り込んできた。
映し出された金髪の男が不気味に笑う。
「我が名はゲペルニッチ、サンプル共よ、我が夢に逆らうことは出来ぬ……」
やらせるものかと大きく手を振り上げた艦長が命令を下す。
「全バルキリー隊を出撃させろ。プロトデビルンを叩け!」
ゲペルニッチの策により、艦隊は惑星ラクスに封じこまれようとしていた。
このままでは、スピリチュアを吸われるだけの”家畜”としてプロデビルンに利用されて生き続けるしかない。
全バルキリーを出撃させたマクロス7は、ラクスの空で熾烈な戦いを繰り広げていた。
ガムリンは未来から来た自分は、決してこの戦いに関与してはならないと心に決めながらも、
打ち落とされていく味方の機体に胸を傷めた。
完全なステルスシステムは敵にも味方にも感知されることはない。
流れ弾を避けながらサウンドフォースをひたすら追っていた。
敵味方入り乱れるラクスの戦闘空域でギギルが歌っている。
「シビルの為だったら、俺はどうなってもいいんだ」
シビルを助けに向かったバサラにギギルは敢然と言い切った。
対峙する二人。
「お前は…………」
「俺は……俺はギギルだ!」
バサラに忘れるなとでも言うように名乗りを上げた。
「俺の歌を、俺より先に歌い出すとは、上等じゃねぇか!」
ギギルの歌に重なるバサラの声は、心までも重なるように響きあっていた。
ミレーヌ達が、、ガムリンが、そしてバサラが見ている目の前で、ギギルがガビルに引き裂かれたとき、その本体が目覚めた。
もう、止めることは出来ない。
ガムリンは見たことのある映画を、もう一度見るように成り行きを見守るしかなかった。
周囲に黒い闇が迫っている。
フォールドシステムが回復した艦隊が、次々と光と共に消えていく。
バサラ達はサウンドエネルギーがバリアとなった光に守られながら
ギギルの末路を呆然と見ていた。
ガムリンはこのままではブラックフォールに飲み込まれてしまうと、
緊急回避を試みるが、闇はすぐそこまで迫っていた。
目一杯にエンジンを噴かすが、嵐に巻き込まれたように機体の自由がきかない。
もはやこれまでか、と思ったとき、声が聞こえた。
自分を呼ぶバサラの声を聞いた。
「……ガムリン、こっちだ……」
ずっと長いこと聴いていなかった声は、ブラックホールの中から聞こえてくる。
(バサラが俺を呼んでいる……)
ガムリンはそう確信すると、目を閉じて操縦桿に込めていた力をそっと抜いた。
流れに任せた機体はそのままブラックホールの中へと吸い込まれて行った。
閉じていた瞼の裏側に、薄く明るさを感じたガムリンは、そっと目を開いた。
闇だと思った場所は、薄いほのかな光に照らされていた。
機体は飛んでいるのか止まっているのかもわからなかった。
浮いているのか、着地しているのかさえもわからない。
何も見えない無の空間なのだろうかと、目を凝らすと、遠くにぼんやりと光る灯りが見えた。
推進力を失った機体では移動は出来ない。
怪しい空間ではあるが外へ出るしかないと、ガムリンは覚悟を決めた。
機体を降りると、浮遊する感覚はあるが普通に歩行することが出来る。
ガムリンはその灯りの方へと近づいて行った。
ぼんやりとした灯りは、大きな球体のように辺りを照らしていて、距離を詰めるとその中に、二つの人の形が見えて来た。
その人相、風体までもが確認できると、ガムリンは驚きのあまり足が止まってしまった。
幻だろうか、その二人はギギルとバサラだった。
まるで酒盛りするみたいに胡座を組んで座っている二人は歌っていた。
見間違うはずはない、ギターを爪弾いているのは、未来に残してきたバサラだ。
立ち尽くすガムリンに、先に気が付いたのはギギルだった。
「おい、そこのお前!さっさとこいつを連れてってくれ、うるさくてかなわん!」
声を掛けられてびくりと身を震わせたガムリンは、動かなかった足をようやく運び始めた。
「なんだよ!お前が淋しいと思って一緒に歌ってやってんじゃぁねぇかよ」
「うるせぇ、俺は一人で静かにしてぇんだよ、さっさと連れてけぇ!」
悪態を付かれてもどこか憎めなさそうにギギルに笑みを送ると、バサラは立ち上がった。
「よぉ、遅かったな、お前らしくねぇじゃん」
「バサラ……」
失ってしまうかと思っていたその姿を、ガムリンは潤みそうな瞳で見つめた。
「んじゃぁ、帰るとするか」
感極まるガムリンをよそに、バサラはまるで友達の家から帰るような気軽さで言った。
「ここから出られるのか?」
「ああ、迎えが来れば出られるのさ、なぁ?」
バサラがギギルに言った。
「ああ、だから、さっさと行っちまえよ」
面倒くさそうにギギルに言われても、バサラはどこか楽しげだった。
「ここは一体何なんだ?」
「う~ん、そうだな、俺にもうまく説明出来ねぇけど、ギギルの作った世界みたいなもんかな」
この空間に、バサラは引き込まれたということか。
「ブラッホールの中にあるのか?」
「そうだ、ギギルはここで誰にも邪魔されないように、待ってるんだ」
「何をだ?」
「ああ、もういいから、さっさと行っちまえよお前等は!」
余計なことを言うなとばかりにギギルは二人を遮ると、追い出しにかかった。
「わかったって……で、出口はどっちだ?」
ギギルは左右を見回すと、少し考えてから右側を顎で示した。
「そっっちだ、そっちへ行っとけ」
「おう、サンキュ!それから、これ、お前にやるよ」
バサラは手にしたギターをギギルに差し出した。
「こんなもの……」
ギギルは受け取ろうとしなかったがバサラは強引にその手に握らせた。
「お前なら、いつか弾けるんじゃねぇの。じゃぁな」
ガムリンの腕をとったバサラはギギルに背を向けた。
「行こうぜ」
「ああ、」
ギギルに視線を送ると二人は歩き始めた。
ここから出られれば、バサラを連れて元の世界に戻れるのだろう。
乗ってきた戦闘機は複座式だった。