魔王と妃と天界と・2
比べるのもおこがましい、と。どこまでも尊大な我等が魔王の笑みに、肩をすくめて苦笑を深くする。
どうもこの魔王には、憎悪も悔しさも敵愾心も湧いてこない。
その強さを認めたのもあるが、何より。
「……つまらんぞ。そこはもっとこうだな、この野郎!!とか言うべき場面であろうが!!」
不機嫌そうに、もっと闘志を燃やさんか!!なんて言ってくる所が。
悪魔としてはそぐわない表現なのだろうが、何だか微笑ましい。面白いとも言う。
(しかし、言い回しがまた…)
「……妃さんに影響されてねぇか?陛下」
「な、何だと!?」
苦笑交じりに兄悪魔が言えば、何だかショックを受けた様にラハールが声を上げた。
「くっ……オレ様とした事がっ……!!いや、しかし……」
途端に、真剣な顔で何やらブツブツ言い始める。
暫く考え込んでいたラハールだが、
「……うむ、愛や勇気や希望といった明るく前向きなモノではなく闘争本能を刺激する意味と目的での発言だからセーフだっ!!」
やがて自分の中で結論が出たのか、ガバッと勢い良く顔を上げ、ぐぐっ、と拳を握り締めつつそう力強く叫んだ。
だが、兄悪魔は別の事に注目する。発言の内容より、その中の単語そのものに、だ。
(……口にするのも全然平気なんだな……)
その事に自覚は無いのかもしれないが。
元々自分と対峙した時には既に弱点とされていた言葉の数々は克服していたのだから、今更なのだろう。
それでも悪魔だからと何か譲れない拘りでもあるのか、自分がそういう言葉を意図して吐くのは許せないらしい。
(……別に誰も反対してねーんだから、構わねーと思うんだがなぁ……)
確かに快く思わない者もいるだろうが、概ね受け入れられているし、何よりこの魔王と妃の統治は悪いものではない。
ある程度は自由だし、意味も無く苦しませたり思想を一方的に押し付けたりしている訳では無いのだから。
(……妃さんも愛、愛と言ってはいるが、きっちり話し合うからな…。それが煩わしかったりまどろっこしいと言う奴等もいるが……)
相手の主張を頭から否定したり無視したりはしないから、反感はあまり無い。それ所かきっちり聞いた上で、まず歩み寄りを訴える。
どんなにそれを跳ね除けても、めげずに何度でも真正面から向かって行くので、悪魔達も結局どこかで折れる。
立場的にも逆らう事の出来ない相手だ。それが自身を納得させる材料として働き、言い訳としても活用できて、うまく収まるのが常道だった。
本気で気に入らなければ、とっとと他へ行ってしまえばいいだけなのだから。
だと言うのに、この地に残る者は多く。
それはつまり、そういう事なのだろう。
……ある程度の生活の保障があるというのも魅力の一つなのだろうが。
つらつらとそんな事を思いつつ、兄悪魔が口を開く。
「……それはともかく、妃さんに会いに来たんだろ?」
「ああ、大天使の奴が来たからな。……それと同時にブルカノとかいう馬鹿者も来ているだろう?」
ラハールの発した名に、眉を寄せる。
これまでにも何度か来ている、大天使の部下。
今回も確かに来ている。相も変わらず挨拶代わりに罵倒をかましてきた。なんなんだあのオッサン、と思いつつ。
「天使長か……。相変わらず悪魔嫌いだよな、アレ」
面と向かって悪し様に言われるのは流石にイラッとくる。表面上だけ取り繕って腹の中で何を考えているのか解らないよりは、単純でいい気もするのだが。
しかしラハールが気にしているのはそういう事ではない様で。
「それは別にいいのだがな……。あの馬鹿がオレ様の事を悪く言うと、フロンが落ち込むのだ」
怒りが前面に出ているのならまだいい。しかし、落ち込まれるとこちらの気分が悪くなるのだ。そうさせた相手への殺意と共に。
最近ではフロンも慣れてきたし、マデラスとの遣り取りなど見て微笑ましく感じる事もあるらしいが、それでも解ってもらえない事が悔しいらしく。
落ち込まれても面倒なだけだからな、と溜息を吐くラハールに、兄悪魔が呆れた様に脱力する。
「……そんなんだからラブラブバカップル夫婦とか言われんだよ、陛下」
「やかましい!!あいつは落ち込むと鬱陶しいのだ!!」
思わず突っ込んだら顔を赤くして怒鳴り返してきた。
今ではかなり開き直っているが、やはり恥ずかしい事は恥ずかしいらしい。
(夫婦なんだからストレートに嫁が心配だ、でいいんじゃないのかねぇ)
兄悪魔がそれこそ今更だろうに、と内心で呟く。
そう指摘した所で、容易には認めないだろうが。
「……何やってんの、兄貴、魔王様」
そこへ、声が掛けられた。
弟悪魔だ。
その手には大工道具。細かい雑用などの仕事はプリニー主体だが、日常的に建物の修復、修理などが多い為、弟悪魔も手伝っている様だ。
兄弟悪魔は殆ど教会に住み込み状態なので、こういう仕事にも駆り出される。
弟悪魔としては別にサボってもいいのだが、そうすると子供達にやいのやいの言われた挙句、先生であるフロンに言いつけられて面倒なので。
そう言いながらも、働くのは存外嫌いでもないらしい弟悪魔である。
「精が出るではないか」
「……プリニー達に任せてると、仕事が雑で見てられないんですよ」
「細かい事気にするからな、お前は。企んで操って指示してそいつら潰していいトコ取りするのが一番好きだが」
「……兄貴、根に持ってんだろ」
「別に。今更どうでもいいさ」
半眼で兄を睨む弟と、そんな弟にさらりと答える兄。
「……貴様等、存外仲が良いな」
「どこが!!」
「誤解だ、陛下」
「そうか?」
即座に否定してくる兄弟悪魔に、面白そうに笑う。
「あの上品ぶった態度と言葉遣いも弟の指示か。似合っとらんかったがな」
今の方がらしくて良い、と頷きながらラハール。
「……まぁ、な」
ノリノリに見えてはいたが、大分無理をしていたのだろう。顔を顰めながらも兄悪魔が同意する。
今の服装も対峙した時のスーツなどではなく、軽装で動きやすさ優先のシンプルな物だ。とは言っても悪魔は基本的に全裸で、実際は体の一部を変化させて服にしている為、結局は個人の好みや気分によるのだが。
魔物型の悪魔はともかく、人間型の悪魔でも大半は半裸だったりするし、拘りがなければこんなものだ。弟も似た様な格好である。
あのスーツは雰囲気作りの意味もあったのだろう。正直ラハールにとっては意味の無い、どうでもいい事ではあったが。
「……で?やっぱり王妃様ですか?」
「まぁな。どこにいる?」
「裏庭の方にいたと思いますが……」
「そうか。ではオレ様は行く。精々励めよ?」
「……はいはい、せーぜーはげみますよ」
「返事は一回だと妃さんが言っていたが?」
「……うるせーよ兄貴」
その遣り取りを横目に、ラハールが歩き出す。
(やはり仲が良いな)
内心そう思い、苦笑しながら。
ラハールを見送り、兄と別れ、ガキ共の壊した壁の損壊状況を確認し、修復に取り掛かりながら先程の遣り取りを思い返す。
もう随分と前の事の様に思えるが、己の運命を変えた出来事だ。忘れる筈も無い。
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫