魔王と妃と天界と・2
野望も野心も今では遠く、この現状に適応し、悪くないと思っているなど、誰にも言えないが。
「……それにしても、あの時点でムチムチな女が苦手っていう弱点まで克服してたとはなぁ……。明るく前向きな言葉はもう効き目が薄いってのは聞いてたから、そっち方面で攻めようと思って集めたのに……」
溜息を吐きながら弟悪魔。
心のこもらない、魂の入っていない言葉などただの単語で、その意味を考えなければそれはただの音の羅列だと。
そう言いながら、だがそれらに対応する言葉は一通り持っている、と笑う魔王に、引き攣ったのは教会の警護と管理を任されてからの事。雑談の中の一つで、取るに足らない事実を軽く述べたに過ぎないのだろうが。
そして、ムチムチの方だが。
「………あれ?結局どっちも王妃様のせいじゃね?」
今でこそあんなものはただの駄肉だ、と言い捨てる魔王様であるが。どうも以前に王妃の前でその弱点をつかれ、その後に色々とあったらしい。
その色々のせいで克服したらしいのだが…。
「詳しい事は知らないけど……」
「あれ、ヘタレの弟じゃん。何ぶつぶつ言ってんの?ヘタレでネクラとか、救い様がないわよー?」
「エトナ様、いきなり容赦ねーですね……」
今までどこにいたのか、ひょっこり現れたエトナの言葉に、力無く返す弟悪魔。
いつもの事だがこう真正面からズバズバ言われると、顔が引き攣るのは仕方が無い事だと思う。
エトナの言い方は明るく軽く、さばさばとしたものなので、そうダメージも受けないが。
「……そういやエトナ様は魔王様の弱点克服方法とか知ってんすか?腹心ですし」
「あー……そういう話?」
「?」
何やら微妙な顔をするエトナに怪訝な顔をする弟悪魔。
「……別に言えない事ならいいですけど」
「いや、聞きなさい。そしてあんたも同じ思いをするといいわ……」
フッ、と息を吐き、静かに語りだすエトナに、弟悪魔は嫌な予感に襲われた。
が、今更逃げる訳にもいかず、大人しく話に耳を傾ける。
──ムチムチ共に派手なリアクションをしながら騒ぎまくるラハール。
その最中。
『…ふっ、ふけつですっ!!』
『ま、待て、これは体質の様なもので……』
『……わ、わたしも大きくなったら……その、ダメになっちゃうんですか……?』
涙目で上目遣い。その胸に手を当てながら。
一瞬で思考し、想像し、夢想し、妄想し、そして出た結論が。
『大丈夫だ!!フロンなら勃つ!!』
……物凄く身も蓋も無いものだった。
そんなどうしようもない宣言をぶちかまされ、ぽかん、とした後、見る見る真っ赤にしていくフロンは。
『………っ、な、ななななっ、何言ってるんですかぁぁーーーっ!!』
数瞬の間を置いて、真っ赤な顔のまま叫んだ。が、ラハールは力強く続ける。
『心配するなっ!!ムダについた脂肪に拒否反応が出る前に、それを気にするお前には萌えられるっ!!』
『ラハールさんキャラがおかしくなってますよ!?』
そして、なんだかんだとラハールはムチムチ共を撃退した。
「……こんな感じだったわ……」
「……おうふ」
遠い目をしながら一連の出来事を語るエトナの姿に哀愁を感じつつ。話としては要約しているのにやたらとダメージを受けた弟悪魔は、呻く事しかできなかったとかなんとか。
「それにしても……厄介なのはどこも同じ、ですか……」
「……困ったものだね」
ラミントンとバイアスが教会内を歩きながら、周囲に誰もいない事を確認しつつ、会話する。
その内容は少々重いものだ。
「こちらで時空の歪みが頻繁に見受けられるのも気になりますが……」
「まずは天界の者達の動きだね」
「対策は?」
「今の所は様子見だね。……具体的に何をしている、という訳でもないので」
天界で魔界との交流に表立って反対する者は、今の所ブルカノだけだ。
彼は裏で同志を募ったりはせずに単独で行動していたので、捕らえられた時にも協力者の存在は見当たらず。
それでも内心で魔界に敵意を持っている天使達はいたのだろう。
わかりやすく目立っていたブルカノを囮に、水面下で動いている者達の存在もまた、ラミントンには見えていた。
「思想的にはそう物騒なものではないのだけどね……」
ブルカノの様に、魔界や悪魔を滅ぼすといった過激で苛烈なものではない。
だが、やはり性質的に、変化を嫌う保守的な考えを持つのが天使のスタンダードだ。
「拒絶まではいかなくとも、歓迎はしていない、と」
「正直、位の高い者の方がその傾向にあるのが…。一般の天界の住人の方がラハール君達と触れ合っているせいか、そちらからは不満の声なんて聞こえなくてね……」
「あー……。最近ではエトナも天界訪問の際に同行していますが、確かに……。エトナもエトナで受け入れてもらえている様で、お人好しすぎて気持ち悪いわー、とか言いながら、満更でもなさそうでしたし」
魔界と比べれば刺激が少なくてちょっと退屈だけど、悪くないと。
「やはり、触れ合う機会の差ですかねぇ」
「そうだね……。ラハール君達と接した者達は、思ったよりも邪悪ではない様だ、という見解に落ち着いているから」
下手に地位を持つ者の方が頑なだ。長く生き、悪魔達への悪感情も育ってしまっているのだろうから、仕方無い面もあるのだが。
相手を理解しようとせず、正当に見ようとしないのだから、己の思い込みがそのまま真実になってしまうのだ。
それを変えるのは容易では無い。
「まぁ、魔界にも未だ反感を持つ者はいますからね。全ての者が仲良しこよし、なんていうのは実現不可の夢に過ぎません」
「しかしそれを目指し、力と心を尽くす事こそが、私の存在意義だよ」
「甘いですねぇ。それでこそ貴方ですが」
「君がそれを言うかい?」
天界と魔界の為に尽くしている同志だろうに、と微笑むが、さて、とバイアスはすっとぼける。
その様子にまた笑うが、次には憂う様に息を吐いて。
「……私もそろそろ後継を決めなければならないんだけど……当面は、まだ私のままなんだろうね……」
「寿命が尽きるまでは休めませんね。転生してそのまま継続というのもアリではないですか?」
「……流石に転生したら少しは休みたいなぁ……」
ラミントンが苦笑する。バイアスもまぁそうですね、と同意しながら笑う。
そんな流れで重い話題は一休み。
友人同士の愚痴話に移行する。
「それにしても、フロンの式はいつ天界でやれるんだろうねぇ……」
「貴方も諦めませんねぇ。まぁ、当然私は協力こそすれ反対なんてしませんが」
「折角の百周年なのだから、ブルカノ達も少しくらい譲歩してくれても良いのに……」
「頭の固いオッサン共は面倒臭いですねぇ。あの様に幸せで美しい光景、そうは無いというのに……」
話題の中心はやはり溺愛している息子達の事だ。
そして、その中でも多くを占めるのは、天界での式の事。
随分と親馬鹿化しているラミントンの口からは、まずその話が出てくるのだから、最早恒例だった。
「しかし、若きマダムのご両親より式への執着が凄いですねぇ」
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫