魔王と妃と天界と・2
「あの二人も式自体は楽しみにしているし、望んでいるのだけどね…。気が長いというか、のほほんとしているというか……。ラハール君の事もあっさりと受け入れた方達だから、大らかと言うべきかな」
「ああ、私が挨拶に訪れた際も、歓迎して下さいましたからねぇ。……そういえば、あまり話題に出ませんが……」
「彼等は放任主義というか、自主性を尊重しているというか……とにかく、あまり干渉するタイプでもないからね」
娘に対する愛情は本物だ。それはフロンを見ていれば解るだろう。
そして、娘が魔王を夫に選んだ事に対して、否定も拒絶も無かった。ただありのままを受け入れ、祝福しただけだ。
娘を案じてもいるのだろうが、それより先に信じているのだろう。天然っぷりが抜きん出ているものの、夫婦共に天使らしい天使なのだ。
ラハールも天界に訪問する際にはフロンと共に家へと立ち寄っている様だが、ラハールは熱烈に歓迎された、と疲れた様に一言漏らすだけである。
「まぁ、うまくいっている様で何よりです」
そんなラハールを見て申し訳なさそうにしながらも、どこか嬉しそうなフロンの姿を見れば、それはよく解るのだから。
「とにかく、式の準備はしておくよ」
いつでも出来る様にね!!と拳を握るラミントンに、ほんと親馬鹿ですねぇ、と自分の事は棚に上げ、バイアスは微笑んだ。
教会の一室には、十数名の子供達とブルカノの姿。
世話役のプリニー達や警護、護衛の役目を持つ者達は外に出され、まずは子供達と交流を深め、親しくなる為の腹を割っての話し合い、という名目のもと、これより尋問タイムである。
勿論ブルカノが一方的にそう思っているにすぎないが。
「何故貴様等は、フロンに従う。……魔王の妃とはいえ、あやつも天使には違いないのだぞ」
「え、オレらは別に、オッサンみたいに天使嫌いってワケじゃねーし」
「む……」
あっさりと言われ、言葉を詰まらせる。
天使達は悪魔を恐れ、嫌い、蔑んでいたというのに、悪魔達はそうではないのだ。
どちらかと言えばその存在も知らず、当然興味も持たず、どうでもいいだけというのが大半なのだろうが。
「……しかし、天使は秩序を重んじる種だ。貴様等とは対極の筈だろう」
粗野で、粗暴で、汚らわしい、悪逆非道の悪しき者共。
それが悪魔の定義の筈だ。
子供とはいえ、所詮は悪魔。
自らの口からそれを認める発言が出れば、己の正しさの証明となるだろう。
ブルカノは確信を持って問う。
だが、しかし。
彼等は結局の所、お子様なのだ。
「そう?せんせー結構話せるよ?」
「確かに口煩いけどなー」
「それも俺達の為だとか、うっとーしい事もあるけどな」
「せんせーの言うこと、時々わかんないよねー」
「まぁ、アタシ達を守ろうなんて言う甘ちゃんだからね。今までそういうヤツなんていなかったし、あれはあれでいいんじゃない?」
自分達を一途に、真っ直ぐに、全力で守ろうとする者を拒絶するより受け入れる。
長く生きた悪魔よりスレていない子供達は、それなりに好意には素直だし、反発も少なかったのだ。
そしてやはり、悪魔といえど、子供は子供。無意識で庇護を求めているのかもしれなかった。
「………………」
ブルカノが予想外の反応に沈黙する。
この教会に住む子供達は、基本的に親というものを知らない。
捨てられたか、はぐれたか、そんな事は知り得ないが。
(……親代わりのつもりか?)
自覚があるかどうかはわからないが、そうなのかもしれないと。
(………いや!!こやつらは所詮悪魔!!どれだけ心を砕こうと、報われぬに決まっている!!)
悪しき者の末路など、無残なものに決まっているのだ。
そんな連中に情をかけるなど、意味の無い、無駄な事だと。
「ならば、貴様等はフロンの教える愛とやらを受け入れ、理解しているというのか?」
無論、肯定が返ってくるとは思っていない。
案の定、子供達も渋面だ。
「いやー……うん、よくわかんないけどさ」
「愛って言われてもなー」
「陛下とのアレも愛だけど、オレ達へ対するキモチも愛、だっけ」
「わかんねーよなー」
「………幅広いな」
流石に説明不足すぎるのではないか?と不本意ながら心配してしまう。
親愛、友愛、情愛、博愛。確かに愛と一口に言っても、種類は様々にあるが。
(……ハッ!!いやいやいや、こやつらは悪魔!!正確に説明した所で理解する筈が無い!!)
頭を振り、自身を奮い立たせる。
己には使命があるのだ。
悪しき悪魔共を滅し、天使達の安住の地を守るという崇高な使命が!!
……フロンが聞いたらまたぶち切れそうな事を考えつつ、ブルカノは口を開く。
「ならば、その解らぬモノを壊したいと思うだろう!!それが悪魔の本能の筈だ!!」
好戦的な悪魔達だ。破壊衝動、嗜虐心、凶暴で凶悪な禍々しい悪意と狂気が、内には渦巻いている筈なのだ。
そう確信しながら指摘するが、
「いや別に」
「壊したらタダメシ食えねーじゃん」
「つーか、どーしたらこわせんの?」
空振った。
「そ、それはだな……フロンを……いや、タダメシとは何事だ!!やはり天使を利用しているに過ぎんのだな!!この悪魔め!!」
なんかもう必死である。
子供達はえー、と声を上げつつ、
「利用できるもんは利用するべきだって陛下とエトナ様が言ってたよ?」
「誰かをころしたりおとしいれたりするよりいいって、せんせーも言ってた!!」
「たまにうっざいのとかぶちのめしたくなるけどなー」
教会襲いにくる奴等とか、と子供の一人が笑う。
「……ふん。話し合いで解決するなどとほざいておいて、やはり無理ではないか。魔界の連中などに、そんなもの通用せんのだ!!」
「えーと、自業自得、因果応報、悪因悪果……だっけ?悪い事したら、多少乱暴でも自分のした事思い知らせる為にぶちのめしてから説教&説得がデフォだってエトナ様が」
「先生もあんまり酷い事しないならきょよーするって」
「フロンの方が染まっておるではないかぁぁ!!……ええい、やはり堕天使か……!!しかし、それならば貴様等とて、相手を滅ぼしたいと思った事もあろう!!」
それはお前だ、と突っ込んでくれる者も居ない為、己の矛盾に気付きもせずに、ブルカノがそう吠える。
悪魔など、所詮獣。欲望の赴くまま、相手を肉片に変え、嘲笑う悪しき者の筈だと。
「ねーよ」
「めんどい」
「そこまではちょっとなー」
「またかよ!!」
口惜しげに壁ドン。ことごとく否定され、ブルカノはもう涙目だ。
これが大人の悪魔達なら肯定もされたかもしれないが、相手は子供。しかもそれなりにフロンに懐いている子供達だ。
正直相手が悪いとしか言い様がない。だが、ブルカノは諦めなかった。
「ええい、ならば訊くぞ!!めんどいなどというふざけた怠惰極まりない理由以外に、どんな理由でそれを否定する!?」
ブルカノの問いに、子供達は顔を見合わせる。
それぞれに微妙な顔をしながら、その内の一人が口を開いた。
「……まぁ、あんまりアレな事すると、先生怒るしなー」
「ただ怒るだけならともかく、キレると本気でこえーしな。オーラが出るんだぜ、オーラが!!」
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫