魔王と妃と天界と・2
子供達が一斉に同意しながら頷く。
とどのつまりは、保護者が怒るから、というなんとも子供らしい理由が挙げられた訳だが、ブルカノはオーラとは怒気か何かだろうか、いや天使としての力だろうか、などと考え込む。
聞き慣れない言葉に着目して考え込んでしまう辺り、変な所で真面目というか、やはりブルカノもどこかズレているのかもしれない。
そして、そんなブルカノの様子に構う事無く、子供達は好き勝手に言葉を交わす。
と、一人の子供の台詞に空気が変わった。
「でも一番キツイのは、アレだよな」
「あぁ…アレか」
「アレ?」
声を潜めて頷き合う子供達に、怪訝そうに眉を寄せるブルカノ。
その様子に顔を見合わせてから、どこか言いにくそうに子供達が答えた。
「俺達が本気でひでー事するとさー、先生泣くんだよなー」
「怒った顔しながら、ぼろぼろ涙だけ流してなー」
「それで、延々と説教な。…その声がまたなんつーか……静かでさー」
「暴力に訴えない分、こう……クるんだよなぁ……」
「内容なんて殆ど聞いてないつもりなんだけどねー…。先生の泣き顔見てると、なんかこう……」
「胸の辺りが嫌な感じになるんだよなー」
「なんか、ぎゅーっ、となるよ、アタシ」
「痛いんだよな、なんか」
「天使特有の攻撃かなんかなのか?アレって」
わいのわいのとそんな事を言う子供達に、ブルカノは沈黙している。
自覚は無い。理解もしてはいないが、このガキ共のそれは、間違い無く……。
(馬鹿な……悪魔共にもそんな感情が……!?いや、そんな筈は……!!)
悪魔は悪しき者だ。
卑しく、邪悪な、禍々しき……。
──果たして、本当にそうだろうか?
大天使ラミントンの言葉が脳裏に蘇る。
天使フロンの叫びも、また。
(……馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なぁぁっ!!)
内心で荒れた叫びを上げながら、己の頭に浮かんだ可能性を否定する。
「……ありえんっ!!」
そして、最後にはそう吐き捨てて、思考を停止させた。
突然の叫びにぱちくりと目を瞬かせて己を見る子供達から逃げる様に踵を返し、ブルカノは苛立ちに任せてどすどすと足音を立てて歩き去っていく。
「……どうしたんだ?あれ」
「さぁ?」
「あのオッサンもよくわかんねーなぁ」
「いっつもこえー顔してるしなー。天使より、悪魔の方が向いてんじゃね?」
その場に残された子供達はきょとんとしながら。そして呑気な感想を口にしながら、ブルカノを見送った。
と、
「……宜しいですか?」
「あ、大天使」
入れ替わる様に現れたラミントンに、いーよー、と軽く言いつつ室内に招く。
「ブルカノがまた色々言っていた様で……」
「あー、めんどいよなー、あのオッサン」
「でもけっこーおもしれーよ?」
「魔界で悪魔嫌い全開なのもいい度胸してるしなー」
申し訳なさそうなラミントンだが、子供達は好き勝手に言いながら、笑い飛ばす。
悪し様に言われればカチンとくるが、もうあれでデフォなのだから慣れてしまった。
「頼もしいねぇ」
ラミントンがふんわりと微笑う。
度量で言えば、正直ブルカノよりも子供達の方が上だと思う。
柔軟な思考を持つ子供とはいえ、そのまま受け入れているのだから、ラミントンがそう思うのも仕方無いだろう。
凝り固まった思想を持つ大人とはいえ、そして半ば意地になっているとはいえ、ブルカノのあれはあまりに酷い。
それでも、多少は軟化しているとは思うのだが…。
考え込んでいると、子供達が口を開いた。
「そーいやバイアスは?いつも一緒にいんのに」
「せんせーもいないね?ラミントン来るとおでむかえするのに」
「へーかも今日はまだだなー」
「エトナ様は……あんまり一緒にはいないか」
いつもの面々の事を、口々に。
(……すっかり慣れたねぇ)
それは、とても嬉しい事だ。
他者がいるのが当たり前で、天使も悪魔も当然に受け入れて。
自然に気に掛け、理解していて。
(……フロン。お前の教育は、きっと間違ったものではないよ)
ラミントンはそう心の中でフロンへと言葉を贈り、笑む。
「……バイアスとは先程まで一緒だったよ。でも、彼も忙しいひとだからね。またどこかへ行ってしまったよ」
「そーなんだ。ふらっとどっか行くよな、アイツ」
「忙しいかどうかは知らないけど……まぁ、らしいっちゃらしいよね」
「なんか調べ物じゃね?この前もならず者情報とか持ち帰ってきたしさー」
大人は子供を守り導くものですからね!!なんてカッコつけつつ言ってたりするバイアスである。
別に教会の警護やら管理やらを任されている訳ではないが、彼はなんだかんだと子供達を気に掛けて教会に様子見に来る事が多い為、子供達からは教会の一員扱いされている。
彼が何者なのか、子供達はよく知らないが、そんな事は関係なしに結構慕われているのだ。
その事も嬉しくて、ラミントンはニコニコしながら、
「フロンの式を天界でもやりたくてね。色々と話していたよ」
その言葉に、子供達はきょとん、として。
「式……って、あれか。結婚式、だっけ」
「陛下の戴冠式の時に、先生との結婚式もしたんだよね?」
「へーか、なんか自慢してたよなー。ウェディングドレス、とかゆーやつ?先生が着てて、悪くなかった、とかさー」
「ノロケだよな、ノロケ」
「あ、アタシ見たよ。遠くからだったからあんまりよく見えなかったけど。…なんか白くって、まぶしかったなー。先生には似合ってたと思うけど」
「それは良かった。天界にもその時の映像は届いていたのだけれど、やはり直に見せてあげたいと思ってね」
「そういや、百周年記念がどうとか……」
「魔界と天界の交流パーティなども兼ねて、とラハール君にも提案したのだけれどね。君達も是非来てほしいところだけれど……どうかな?」
にこにこにこ、と物凄い笑顔でラミントン。ちょっぴり威圧される勢いである。
「……土台固め大変だな、大天使」
「そんなに天界で結婚式やりたいのか……」
そんな天界トップの押せ押せっぷりに少々引きはしたものの、バイアスや世話役のプリニー達、果てはラハール本人から、その辺の情報は入手済みの子供達。
呆れと苦笑が主ではあるが、別段反対しようとする者はいなかった。
「その時は、皆で盛大に騒ごうか。天使も悪魔も皆揃って、魔王と妃を祝い、冷やかさないかい?」
悪戯っぽい笑みと共にそう言われ、子供達は顔を見合わせる。
「ん~……まぁ、先生の晴れ姿ってやつ?それが見れんならいーかも」
「天界かー…。退屈そうな所だとは思うけど、先生の故郷だし。一度くらいは行ってもいんじゃね?」
「騒げてタダメシ食えんなら、行く価値あんだろ」
「でも冷やかしかー。先生は真っ赤になるかもだけどなぁ」
「陛下はきっとドヤ顔で見せびらかすぜー」
「もー開き直ってるもんなー」
「おや、そうなのかい?」
「そうそう!!この間なんてさ~」
「こんな話もあるぜ?」
興味深げに聞いてくるラミントンに、笑いを漏らしながら、楽しそうに子供達がそれぞれに話し出す。
それを聞くラミントンも、いつになく楽しそうだ。
魔界の教会の中。
悪魔の子供達と大天使は、わいのわいのと騒がしくも和やかに。
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫