魔王と妃と天界と・2
魔王と妃の話で盛り上がっていた。
「………くそっ!!」
荒れた足音を響かせ歩いていたブルカノが、苛立ちを消化し切れず吐き捨てる。
だんっ!と一際大きく、まるで叩きつける様な足音を最後に歩みを止めた。
(……あんなもの、私を嵌める罠に決まっている……!!)
──自覚も理解もしていないのに?
どこかで己がそう問い掛ける。いや、既にそれは否定の意だ。
しかし、ブルカノは頭を振って、それを思考の外へ追いやる。…実際はただ無視しているだけで、頭の中にはしっかりと残っているのだが。
「………くそ………」
声に力は無い。しかし、顔は常時よりも更に険しく歪められたままだ。
「あ、ブーちゃん!!」
唐突に不本意極まりない呼び名で呼ばれ、険しい顔のまま声のした方へと振り向く。そこにいたのは、案の定。
「………マデラス………」
普段より数倍低く、うんざりした様な声でその名を呟く。拒絶の意思を内包したそれは、常人であれば萎縮の一つもした上で、この場から逃げ出す程度には不穏なものだ。
だが、不機嫌丸出しなブルカノを見付け、それでも笑顔で寄っていくのがマデラスである。
例によって今回も普通に近寄り、
「ブーちゃんまた怒ってる~」
「ええいやかましいわ!!それと、いい加減その呼び方やめい!!」
「だが断る!!キリッ!!」
「何だそれは!?」
「こう言えばばんじオッケーだってエトナ様が言ってた!!」
「あのちっぱい小娘ぇぇぇ!!!」
マデラスの言葉に地団駄踏みつつぷりぷり怒るブルカノを見て、けらけらとマデラスが笑う。
庭の花壇の前。黒の花を前に、悪人面の天使と、無邪気な悪魔の子供が二人。
怒声が響き、しかしそれを掻き消す様な笑い声が重なって。
その遣り取りは、どう見ても。
「………仲良しさんですねぇ♪」
「遊ばれておるだけではないか?」
その二人の姿を、フロンとラハールが建物の陰から覗いていた。
微笑ましそうに二人を見守るフロンの姿に、わざわざ来る事も無かったか、とラハールが考えていると、ぽつりとフロンが呟いた。
「ありがとうございます、ラハールさん」
「……何故礼を言う?」
「心配して来てくれたんですよね?」
頬を微かに染め、ラハールへと微笑み掛けながらフロン。
「………………お前はとろいからな。フォローは夫の役目だろう」
そっぽを向いてぞんざいに、しかし内容はだだ甘っぽい台詞を口にする。
「もう…素直じゃないですねぇ、ラハールさんは」
不満そうな台詞を口にしながらも、フロンの表情は幸せそうな笑みだった。
何だか花が散っていそうな、ピンクな幸せオーラが出ていそうなその一角。
「………なんじゃいあれは」
「いつもの陛下とせんせーだよ!!」
当然と言うべきか。
とっくに気付いていたブルカノの脱力した様な言葉に返されたマデラスの元気な声に、その内容と目の先の光景が相俟って、怒りが湧くより先にどっと疲れが押し寄せて。
「………………色ボケしすぎだろう」
ブルカノは半ば投げ遣りに突っ込みつつ、溜息を吐いた。
そんな一連の様子を屋根の上から眺め、苦笑した後。
「それにしても、エトナも忠臣になりましたねぇ」
「やめて下さいよー。そんなんじゃありませんってばー。ここに来たのはあくまで監視の為ですから!!勝手におかしな行動されて困るのはあたしらなんですからねー」
「……まぁ、そういう事にしておきましょうか」
「事実、そうなんです!!」
「はいはい」
「もう~……」
片や微笑みながら、片や口を尖らせながら。
それでも穏やかな空気の中、会話をしているのはバイアスとエトナだ。
(今回だって若きマダムを心配しての事でしょうに…)
バイアスが内心で呟くが、声には出さない。エトナがフロンに甘いのは周知の事実だが、エトナ本人はどうにも認めようとしない。
自覚はある様だが、照れが先行しているのだろう。素直ではないが解り易い嘗ての部下に、バイアスは微笑ましい気持ちを抱き、心情そのままに微笑んだ。
「……さて、それでは私はそろそろ行きましょうかね。後の事は頼みますよ、エトナ」
「引退した後も大変ですねー」
呆れた様に、しかし心配そうに言うエトナに、バイアスは苦笑する。
「性分なので仕方ありませんね」
おどけた様に言うバイアスに、無言が返る。
何か言いたげな表情をしながらも、何も言えないでいるエトナのツインテールをくいくいと二回引っ張り。
「お土産に、美味しいスイーツでも持ってきてあげますから。貴女も頑張りなさい、美しきマドモアゼル?」
悪戯っぽく笑ってそう囁いたバイアスに、エトナが一気に耳先まで顔を赤くした。
「……頼みましたよ、エトナ」
エトナと別れ、遠く、教会が点に見える程離れた場所に降り立ち、バイアスは呟く。
と、そこへふわりと天使の羽根が舞い、その持ち主が降り立った。
「随分と可愛らしい反応だったね、彼女は」
微笑ましいね、と柔らかく笑みながらそう言うのはラミントンだ。
バイアスは別段驚きもせず、さらりと言葉を返す。
「おや、大天使ともあろうお方が覗きとは。いい趣味ですねぇ、ラミントン」
「そう苛めないでほしいね、バイアス。大天使といっても、私はそんな大した者ではないよ」
ふわふわ笑いながら嘯くラミントンに、吐息を一つ。
「……ま、いいですけどね。私はこれから少しばかり探ってこようと思いますので、留守にしますよ」
「天使達の事はこちらで対処しなければならないというのに……世話を掛けるね」
「なぁに、私の方が自由に動き回れますからね。適材適所というやつです」
仕方無いのでまとめて面倒みてあげます、と言うバイアスに、ラミントンが苦笑した。
「君の今生の死因はきっと過労死だね」
「不吉な予言しないで下さいよ。それと、そっくりそのまま返して差し上げますよ、大天使様?」
「フロンの式を見るまでは死ねないから大丈夫だよ」
「なんですかそのフラグ」
ネタくさい台詞だが、多分本気である。
「とにかく、気をつけて下さいよ?最近では時空の歪み方も強くなって、穴が開きそうな程不安定な場所もあるのですから。……この件に天使が関与しているのかはわかりませんが……」
「ああ、こちらでも僅かではあるし小規模の様だけれど、報告は受けているからね。その件はこちらでも調査しているけれど……」
「……心配事は尽きませんね」
「困ったものだね」
双方共に溜息を吐き、苦笑を交し合うその二人の姿は、友人同士の気安さを持ち得ながらも責任を負う大人としてのそれだった。
日課とは言い難い。
別に日参している訳ではないし、置かれている立場的に定期的に訪れる必要があるだけで、好きで魔界などに来ている訳でもない。
不承不承、仕方無く、だ。
大天使ラミントンの命令であるのだから、内心はどうあれ、従わなくてはならないだけで。
ブルカノは心中でそんな事を延々と呟きながら、相も変わらず不機嫌そうな顔で、足音荒く魔王城の通路を歩いていた。
その足の向かう先は、教会だ。
不平不満を呪文の様に心の中で繰り返しながらも、その動きに迷いは無い。
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫