魔王と妃と天界と・2
圧死はしなかったから大丈夫、と側にいた子供の一人が笑いながら補足した。
いやー、親父って大変っスよねー、と通り掛かりのプリニーがどこか達観した様に零し、教会の警護を任されている悪魔の一人が俺はあれ無理だわ、所帯持つってこええなー、と苦笑した。
因みに父親であるゼニスキーは猪と牛を足したような姿をした巨漢である。確かに圧死はしなかったが、めっちゃ疲れて帰っていった。
「ただのおとーさんではないか!!」
悪魔要素の見付からない正にただのおとーさんの話に嘆きを叫ぶブルカノ。だがぶっちゃけ今更である。
というか遊んだというより遊ばれた話だった。頑張れおとーさん。
「コゼニスキーもああなるのかなー」
マデラスが首を傾げながら呟く。
確かに系統は同じなのだが、コゼニスキーはまだ子供のせいか、ウリ坊っぽい。順当に育てばああなるのだろうが。
正直自分より小さい悪魔は教会内にもそういないので、あのまんまでいいのになー、とか思っているマデラスである。
「……しかし、何というか……」
ブルカノが何かを言い掛け、口ごもる。
教会内に住む子供達は、親のいない者が大半だ。親のいる者を見て、そして父という存在を目にして、思う事は無いのだろうか、と。
ちら、とマデラスを見るが、どしたの?と無邪気に笑みを返されてしまった。
(……まぁ、そんな繊細な連中な訳もないか)
下らん事を気にしてしまったな、と溜息を吐き。
「ブーちゃんは登りがいなさそーだね!!」
「登られたくないわ!!というか何故登ろうとする!!」
「……そこに山があるからだ?」
「疑問系!?つーかその前に山じゃねー!!」
「山じゃねー!!」
「いちいち真似するでない!!」
「えー」
「何故そこで不満そうにする!?」
ぎゃんぎゃん喚くブルカノに、周囲はああ、またかーと当然の様にスルーして。
マデラスは相も変わらずけらけら笑いつつブルカノを振り回す。
最近ではそれが日常になっていて。
「……この光景が異様だって事に、何故気付かんのかねぇ……っス」
そんな事を呟くプリニーがいた事に、気付く者はいなかった。
そんな日々が続いたある日。
高官の天使がブルカノに話し掛けてきた。
やれ魔界の様子はどうだ、魔王は汚らわしい者ではないのか、妃となった天使はやはり穢れてしまったのではないか、魔界に住む悪魔達はどの様な非道で残酷な性格をしているのか、と。
思わず顔を顰めたブルカノだが、普段の顔も大差無いのかそれとも高官の天使に余裕が無かったのか、その事に触れられる事も無く。
「……奴等は天界へ訪問してくるのですから、その目で見極めれば宜しいのではないですか?」
「そんな!!その様な悪しき者達と対面するなど、なんと恐ろしい……!!大天使様やブルカノ殿と違い、私などにその様な力は無いのです……!!」
「………………」
大袈裟に嘆く天使に、方眉を跳ね上げ、コイツ喧嘩売っとんのか、と内心で呟くブルカノ。
本来の力は大天使に奪われている。そんな事は知っている筈だ。第一、独房に入れられた自分を遠巻きに見ているのが常だった筈の高官の天使が、どういう風の吹き回しなのか。
しかし、その理由は直ぐに知れた。
「大天使様は悪魔達を信じすぎておられるのです……!!勿論それは大天使様の美徳に他ならない……ですが!!やはり汚らわしい悪魔達などと……!!そこに苦言を呈する事のできるブルカノ殿はやはり天使長に相応しい!!」
つまりは、そういう事だ。
天界で魔界との交流に唯一表立って反対するブルカノに、何かを期待しているのだろう。
本人からしてみれば、エールのつもりなのかもしれない。
だが、これではただの愚痴である。
正直ブルカノもイラァッとしている。
言いたい事があるなら大天使本人に言ってこい。もしくは魔王達と対面しなくていいからこっそり覗き見てろ。つーか魔界行ってこいよ高官野郎。
そんな事を思っていたりする。声には出さないが、表情には出まくりである。やはり高官の天使は気付かなかったが。
言葉は続く。以前ならば同調していただろうに、今はただ苛立ちしか感じない。
放たれる言葉は、以前の己の言葉と同一。だからこそ、そんな事は解っておるわ!!貴様も動け!!と。そう怒鳴りたい気持ちがあるにも関わらず。
見聞きしてもいないのに、よくもここまで言えるものだな、と冷えた思いも存在していて。
知らぬまま、知ろうともしないまま、悪魔達を恐れ、怯え、嫌悪し、侮蔑し、排除とまではいかなくとも、遠ざけようとするその姿に。
苛立ちを感じる己を、それでもブルカノは未だ自覚しようとせず、認めずにいる。
「やれやれ……」
やっと高官の天使から解放され、息を吐く。
何だか妙に疲れた。そして、未だに苛立ちが内に在る。更にはもやもやとした塊が存在していて気持ち悪い。
「全く、ああまで言うのならば魔界に行って直接見てくればいいものを……」
それができる位ならば、あんな愚痴などを垂れ流したりはしないのだろうが。
だがしかし、魔界で目にするものとは何だろう。
ふと、笑う子供の顔が浮かぶ。
次いで、幸せそうな悪魔と天使の姿が思い出される。
……自分が目にしたものは。
「………………」
頭の中にあった思想が、思考が、徐々に変えられていく様な感覚。
「……馬鹿な事を」
ブルカノが頭を振る。
このままではいけない。
きっと自分は悪魔達に何かされてしまったのだ。
そう思い込もうとして──
「ブルカノ」
「だ、大天使様!?」
唐突な声に遮られた。
「ど、どうしたのですか、こんな所に……」
「いや、調べ物があってね。……他の者には頼めない重要な事なんだ」
「それは……。いや、それならば私めが……」
「ブルカノ。君には他にしてほしい事があるんだ」
「は?」
ブルカノの言葉を遮り、すう、と眼を開く。
思わず硬直するブルカノだが、ラミントンはそのまま続けた。
「己の意思と向き合いなさい。……変化は、悪い事ではないよ」
静かに告げられたその言葉と、見透かす様な眼差しに。
ブルカノは、何も言えずに立ち尽くす。
「……フン。悪魔など……」
呟くその声に、力は無い。
ブルカノとて、天界の事を考えての行動だったのだ。端々に己の傲慢と支配欲とも言える野望染みたものもあったが。
今ここで悪魔達を認めてしまえば、今までの己を否定する事になる。
それは受け入れる事ができない。
しかし、それでも。
「……無知と決めつけ、か……」
フロンやラミントンの言葉を思い出す。
確かに、自分は知らなかった。知ろうとしなかった。悪魔は悪しき者だと信じきっていた。
あの高官の天使と同じ様に。
「………………」
だが、数は少なくとも、あの魔界で触れ合った悪魔達。
天使と結ばれた魔王。
妃となった天使を気に掛ける魔王の腹心。
魔王とその妃を慕う悪魔の子供達。
……そこに忌まわしい何かを感じ取る事はできなかった。
あれらは随分と稀有な事だと、フロンの建てた教会モドキで働く悪魔やプリニー達が言っていた。
作品名:魔王と妃と天界と・2 作家名:柳野 雫