【夢魂】攘夷篇
第3話「サボってんじゃなくて息抜きしてんのってそれただサボりたいだけの言い訳だろ」
翌日。
晴れた青空の下で、双葉は木刀で素振りをしていた。
素人から見ればわからないが、今日の彼女の剣筋はやや乱れ気味である。昨夜の高杉との一件を岩田に目撃された事もあるが、理由はもう一つあった。
少し遠くの瓦が敷かれた屋根の上では、銀時と坂本が何やら親しげに話していた。寝転がってる銀時に坂本が一方的に喋ってるだけだが、兄はあまり嫌そうではない。遠目からしたら仲の良さそうな二人に見える。
そんな彼らに対して、双葉はいい気分にはなれない。
寺子屋で育った男たちの会話には、難なく入っていける。けれどこの戦争で知り合った坂本の会話の中には割り込める隙がなく、皮肉が通じない彼は双葉にとって苦手な人物でもあった。そんな人間が兄と親しげに話している所を見る と、どうにも落ち着かない。
双葉はそんな気持ちを振り払うかのように木刀を振るが、やはり消えない。
「双葉はん」
にこにこしながら岩田が茂みから出てきた。双葉はかまわず素振りを続ける。
「稽古でっか。ほなワイが相手しまひょか?」
「必要ない」
「必要ないってあんさんの剣筋おかしいで。何や悩みごとがあるんやったら、ワイが相談にのりまっせ」
「悩みなどない」
あるとすればこの岩田だが、言えばややこしくなるので双葉は口にしないでおいた。
一方、岩田は乱れた剣筋とその先の屋根にいる男二人の姿を交互に眺める。そして思いついたように言った。
「もしかしてお義兄さんと坂本はんのウマが妙に合っとるから、妬いとるんでっか?」
刹那、自分でも自覚していなかった図星を突かれた双葉は、ほぼ反射的に岩田に向かって木刀を振り落としていた。
“バシッ”
「!」
大きな音を立て、木刀は岩田の手の中に収まった。双葉は精一杯左右へ動かすが、握られた木刀はぴくりともしない。目にも止まらぬ速さで下ろされた木刀を、岩田は軽々と受け止めたのだ。
内心で驚く双葉に対して、岩田はにっこりしながら言う。
「まぁまぁ。そないなしかめっ面してたら、せっかくのええ顔が台無しやで」
パッと木刀が離される。再度叩きつけてやりたいが、それは惨めでしかないので、仕方なく双葉は木刀を静かに下ろした。
「一体何しに――」
「いった~!!」
ここに来た本心を問おうとした双葉だったが、突然岩田は叩かれた手をおさえながらジタバタし始めた。
「本気でやることないやろ~。見てみなはれ、腫れてもうたがな」
半ば涙を浮かべて、大げさに手に息を吹きかける岩田。
そんな彼を双葉は静かに見据える。普段はおちゃらけた態度をとっているが、先ほど乱れた剣筋を見抜いたことや攻撃を受け止めた事といい、実力はある男だ。自分が思っていたよりも、悪い奴ではないのかもしれない。
「何しに来た?」
「昨日のこと気にしとるかな思うて。でも安心しなはれ。誰にも言いまへん。ワイ、口は固いから」
「……そうか」
岩田の言葉を聞いて若干疑いの念は残るものの、双葉は安心することにした。
次の言葉を聞くまでは。
「まぁ、お義兄さんには言っておきますがな」
銀時の方に向かって歩く岩田を、双葉は慌てて呼び止める。
「お、おい!なぜそうなる!?」
「だって大切な妹はんのファーストチュー奪われたんやさかい、お義兄さんには伝えておきまへんと」
「しなくていい!というより兄者はお主の兄者ではない!!」
「いやいや。これからなるやろから」
「ならん!」
「冷たいわ~。にしても、そんなにお義兄さんに知られるの嫌でっか?」
「いや、それは別に……」
言って双葉は口ごもる。
確かに銀時に知られても困るものでもない。ずっと一緒に育ってきた中で、双葉と高杉がどんな関係になっているか薄々予想がついているだろう。
そうでなくても自由きままな性格の兄なら、「ああそう」とあっさり言ってしまいそうだ。これは安易に考えすぎかもしれないが……とにかく、銀時に知られても別にかまわないと双葉は思う。
なら、こんなに焦ってしまうのは何故だ。
「ほな、ワイとデートしましょ」
「はぁ?」
突然岩田が言い出した提案に、珍しく間の抜けた声を出す双葉。
「黙っとるからワイとデートしましょゆーとんのや。ええ話やろ」
「……お主にとってだろ」
にまにまと笑う岩田に、双葉は冷めた目で返す。
誰かに知られるのは別にかまわない。だが恋愛事は周囲に何かと影響を与えるものだ。色恋沙汰で場の雰囲気が悪くなるのは困る。
悔しいが、双葉は岩田の申し入れに素直に頷くしかなかった。
「そんじゃまた今日の夜に~」
待ち合わせ場所を決めて岩田は寺子屋に戻る双葉を見届けると、ふいに反対側の屋根で坂本の話を聞いている銀時に視線を向ける。
無自覚な嫉妬心。銀時に知られると知った途端のあの慌てぶり。
普通身内にキスの事を知られるだけで、あんな慌てた態度はとらない。
おそらく双葉は――
「……ほんまのライバルはお義兄さんかもしれへんな~」
どこか困ったように、しかし微笑みながら岩田は呟いた。