【夢魂】攘夷篇
* * *
おかしい。
戦うたびに自分の中の何かがうごめいて、それは日々増して強くなる。
胸の中でうごめくこの感情は――『喜び』だ。
血を見るとゾクゾクして無性に嬉しくなってしまう。
血を見ないと物足りなくて求めてしまう。
何だ?一体何なんだ?
――戦おう。
――殺そう。
――殺そう!
叫ぶ。
聞こえる。
心の奥から血の欲求が。
――違う。私は護るために戦ってるんだ。したくて殺してるわけじゃない。
何度も否定する。
耳をふさぐ。
だが、叫びが消えることはない。
――うるさいうるさい。私は……
「双葉」
名を呼ばれて、双葉は我に返った。後ろを向くと、そこには銀時が立っていた。
「ボーっと突っ立って、お地蔵さんかテメーは」
「……少し集中していただけだ」
「廊下の真ん中に立たれちゃ迷惑なんだよ」
「……すまない」
素直に謝る妹。銀時はどこか違和感を覚えた。
「オメー、ヘタばってんなら休んどけ」
「さっき休んだ。だから大丈夫だ」
とは言ってるものの、双葉の顔には微かに疲労の色がある。
相変わらず無理してやがる、と銀時は心の中で溜息をついた。
「んなヘタレヅラで言われてもウソくせーんだよ。爆発しちまう前にちったぁガス抜きしとけ」
「息抜きなら素振りでしてるさ。それだけで十分だ」
「おい待てよ。……なんか隠してねーか」
兄から離れるように歩き出す双葉は、面倒くさそうな声に呼び止められる。ただその声はどこか真面目さを帯びていた。
普段からだらしない兄は、やる気のない目で何を考えているのか分からない。だが銀時が人一倍鋭い洞察力を持ち、頭が切れる人間である事を双葉は知っている。
何かに双葉が悩まされていることに、おそらく銀時は勘づいているのだろう。
それが戦いの中でうごめく感情にどうしようもなく思い悩んでいる事だと知らないだろうが、知らなくていいと双葉は思う。戦うと決めた以上、どんな苦痛にも耐えると胸に誓ったのだ。全ては仲間の『笑顔』を護るために。
だから、今ここで兄に甘えるわけにはいかない。
「人と会う約束があるんだ」
そう言って、双葉は何も話さずその場を去った。
ただ。
ここで打ち明けていたなら、少女の未来は変わっていたのかもしれない。
=つづく=