【夢魂】攘夷篇
そこで双葉の言葉は急に途切れる。
後ろから静かに抱き締められたからだ。
「ワイは本気やで。ホンマにあんさんに惚れとるんや」
岩田は双葉の耳元で囁く。
次にそっと彼女を自分と向き合わせる。
目の前の少女は、刀を振るい勇ましく戦場を駆け抜ける一人の侍だ。
だがそうでなかったら、ただの一人の少女だ。
丸みがある輪郭の顔と、未だ熟してない端正な容姿。
胸だけは極めて熟してるが、それ以外を見ればまだ成人になり切れていない少女。
一人の男としてこの少女を支えたい、と岩田は思う。
彼はまだ幼さが残る瞳を優しく見つめ、彼女に顔を寄せる。そして――
“ボカッ”
「アイタタタ。……やっぱチューは駄目でっか」
岩田は殴られた頬をさすりながら苦笑めいた。
対する双葉は、キスされるような隙を与えてしまった自分に恥じらいを感じているのか、振り切るように彼から顔を背けた。
そして、そのまま何も言わず寺子屋へ戻っていく。
不機嫌に顔をしかめる双葉。だが、内心は思うほど嫌な気分にはなっていなかった。
誰かを幸せにできる笑顔と彼が戦う理由。
今日話して『岩田光成』という男に対する気持ちが少しだけ変わった。
それが恋愛的に変わったかどうかは別として。
ただこの時、双葉は思ったのだ。
彼の笑顔も護りたいと。
去っていく彼女を、岩田は情けない声で呼び止める。
「待ってェな、双葉は~ん」
だが、双葉は止まらず去って行ってしまう。
岩田はがっくしと肩を落として地面に座り込んだ。
「はぁ~。フラれてもうたかな~」
意気消沈したかのように溜息をもらすが、
「でもまぁ、ええわ。チャンスはいくらでもあるやろ。絶対チューしたる」
素っ気なく明るくなって、岩田は夜空を見上げた。
そんな叶いもしないことを呟きながら。