【腐】 愚問 【亜種】
ビルの屋上、いつもの定位置。
ぼんやりと視線を向けていたアカイトは、背後の足音に振り返った。
「・・・・・・しつけえな。ストーカーかよ」
カイトは彼方へ視線を向けると、
「お前のマスターがいるのは、あそこか」
と聞いてくる。
「元マスターだけどな。廃棄手続きは済んでる」
「そうか」
カイトの視線は一度アカイトへと戻り、再び高層ビル群へと向けられた。アカイトは落ち着きなく足を踏み変えてから、「でも、本人の意思じゃない」と続ける。
「委任状を偽装された。何もかも偽装だらけだ。あいつが、全部でっち上げたんだ」
吐き出すように、アカイトは続けた。
廃棄寸前で逃げ出したこと。マスターの父親に拾われ、娘の子守役として置いてもらえるようになったこと。父親は昼も夜も働きづめで、それでも大した稼ぎにならなかったこと。なけなしの金で命を繋ぎ、身を寄せあって暮らしていたこと。
「母親は?」
「いない。マスターを産んですぐ、病気で」
「そうか。悪かったな」
「何が?」
「立ち入りすぎた」
カイトが真面目に言っているのを見て、アカイトは「変な奴」と笑う。そして、はあっと息を吐いてから、視線を落とした。
「母親が生きていたら、違ったのかもな。もっと真っ当な家族でいられたのかも」
「そうかもな」
「まあ、俺は拾われなくて、のたれ死んでただろうけど」
自嘲気味に笑うアカイトの頬に、カイトの指が触れる。
「その時は、別の縁があっただろう」
「・・・・・・やめろよ、気色悪い」
アカイトは頭を振って、カイトの手を払った。
少しの沈黙。アカイトはぎこちなく口を開き、幼い主人の為に本を拾ってきたことを話す。
「最初は、ただの落書きだと思った。でも、ある時、急に読めるようになった。最初は簡単なこと・・・・・・体を浮かすとか、小さな火を起こすとか、そんなことやって。そのうち、相手の時間を奪う方法が分かった。最初は悪いと思ったけど、これで俺にかかる金が浮くならって、それで」
アカイトは、カイトが考えに耽っていることに気が付き、途中で口を閉じた。
「何だよ」
「いや・・・・・・此処に捨てられていることは知っていたが、お前が拾っていたとはな」
「あ?」
「大したことではない。お前は気にしなくていい」
「何だよ、気になるじゃねえか」
「今のお前には理解できない」
「はあ? 馬鹿にしてんのか!?」
いきり立つアカイトだが、ぐいっと頭を引き寄せられ、
「私のものになるなら、教えてやろう」
間近で囁かれ、一瞬で耳まで赤くなる。
「離せ馬鹿! ふざけんな!」
暴れるアカイトに、カイトは口元に笑みを浮かべながら離れた。
「くそっ、お前なんかに話すんじゃなかった!」
怒りながら立ち去ろうとするアカイトの背中に、カイトの声が掛かる。
「お前のマスターの話を、もっと聞きたい」
「ああ?」
「私には、マスターがいない」
突然の言葉に、アカイトは足を止めた。頭からつま先までカイトを眺め、
「何で? 捨てられたのか?」
自分とは違う、正規品なのに。上等な服装から、さぞ大切にされているのだろうと思ったのに。
「いや。最初からいない」
カイトはそう言って微笑み、「お前が羨ましいな」と続ける。
「私には、語る思い出すらない」
その笑顔が、マスターと重なった。
『ずっと一緒だよ』
そう言って笑ってくれた。その笑顔が支えだった。
何もかも失ったと思っていたのに。
「アカイト」
カイトが近づいてきても、アカイトはその場に留まる。
「私のものになれ」
間近で見る青の瞳は、吸い込まれそうなほどだった。
「・・・・・・一万年くれたらな」
アカイトはそう言って、きびすを返す。その場を離れても、カイトが追いかけてくる気配はなかった。
もし、母親が生きていたら。
『その時は、別の縁があっただろう』
カイトと、別な形で出会えただろうか。
作品名:【腐】 愚問 【亜種】 作家名:シャオ