【腐】 愚問 【亜種】
昼近いショッピングモールは、休日ということもあって、すれ違うのも一苦労なほど客に溢れている。アカイトは備え付けのベンチに座って、ぼんやりと人の流れを眺めていた。
沢山の人間と、沢山のヒト型。けれど、目当ての相手はいない。
馬鹿らしい・・・・・・。
アカイトは頭を振って立ち上がった。午前中を無駄に過ごしてしまったから、午後は集中して狩る必要がある。
しかし、獲物を求める視線は、気が付いたら黒いコート姿を探していた。
カイトは、昨日別れて以来、姿を見せていない。
やっかい者がいなくて何よりだと自分に言い聞かせても、背格好の似た者を見つけては、がっかりするのを繰り返した。
馬鹿らしい・・・・・・。
アカイトは息を吐くと、向かいから歩いてくるヒト型に目を付ける。緑色の長い髪を揺らす少女。その隣にいる青年は、おそらく所有者だろう。
何気ない風を装って立ち上がり、少女に向かって歩きだす。すれ違いざまに髪に触れるだけ。この人混みだ、何もおかしいことではない。
アカイトは、両脇に並ぶ店に視線を向ける振りをしながら、ほんの僅か手を動かし、緑色の一筋に
『私以外に触れるな』
寸前で手を引っ込めると、そのまま歩き続ける。
くそっ、ふざけんな!
大勢のヒト型とすれ違っても、時間を奪う気になれなかった。
薄闇の迫る路地裏を、ぶらぶらと歩く。結局、今日は成果を得られなかったから、自分の残り時間も厳しくなっていた。端末の時間を少し使うべきかと考えていたら、突然膝裏に衝撃を受ける。
「なっ!?」
痛みに体勢を崩したら、続いて後頭部に重い一撃が加えられた。受け身を取る余裕もなく地面に倒れ込んだアカイトの耳に、若い男達の声が響く。
「馬鹿! こいつヒト型だ!」
「ちっ、金目の物はあるか?」
「なんだこれ?」
倒れた衝撃で飛び出したのか、地面に転がる端末を、見知らぬ手が拾い上げた。
「おい、これ時間じゃねえか? 十年もあるぞ!」
「ラッキー! 頂こうぜ!」
「ありがとよ、赤毛ちゃん」
ばたばたと走り去る足音。アカイトは立ち上がろうとしたが、体を起こすどころか指一本動かせない。
やべ・・・・・・頭殴られたせいで、どっかおかしくなったか。
徐々に辺りは暗闇に包まれ、人の声も足音も聞こえなかった。そもそも、主人を失ったアカイトに、誰かが探しにくることなど考えられない。
このままだと、時間切れになってしまう・・・・・・。
ひやりとした恐怖が、アカイトの胸に迫った。残り時間を確認しようにも、腕が動かない。今、自分には、どれだけの時間が残されているだろう。
くそっ、動けよ!
どれほど強固に念じても、意識と切り離された体は、ただそこに横たわっているだけだった。今のアカイトに出来るのは、僅かに視線を動かすことのみ。焦りと恐怖が、薄暗い周囲からひたひたと迫ってくる。
マスター・・・・・・。
もう自分には、時間切れを待つ以外の選択肢はないのだろうか。マスターを助けることも、行方をくらませた父親を捜し出すことも出来ずに。
カイト・・・・・・。
澄んだ青い瞳を思い浮かべながら、アカイトは諦めて目を閉じた。何故、あのまま別れてしまったのだろう。何故、姿を見せないのだろう。
自分がいなくなったら、彼は思い出してくれるだろうか。『語る思い出すらない』と言っていたから。
・・・・・・もっとマシな思い出が良かったな。
作品名:【腐】 愚問 【亜種】 作家名:シャオ