島を想う(宇宙戦艦ヤマト完結編の後)10
「ユキさんは部分前置胎盤、と言って産道の一部を覆うように胎盤が付いて
います…こちらは以前、お伝えしたのでご存じだと思います。(進が頷く)
そのためお産は普通分娩が不可能と言った事覚えてらっしゃいますか?
(進が頷く)早急にユキさんのお腹からお子さんを取り出します。今から
帝王切開を行います。」
進は今日、退院して久しぶりに自宅でゆっくり過ごそうとケーキを買って掃除をして病院に戻って来たところだった。
「そんな…。」(進)
「事態は一刻を争います。手術する事に同意していただけますか?」
紫は同意書が記載されている端末を進に見せた。内容を読んでも進の頭に入ってこない。震える手でサインを済ませると進を手術の控室で待たせて紫は準備があるので、と言って手術室の方へ向かって走って行った。
「うそだろう?今日、退院だったのに…ユキも楽しみにしていたのに…。」
進の視線の先には手術室の扉がガラスの通路の先にある。ほんの少しの距離なのに…すぐそばにいるユキに手が届かない…。
(本当に男は何もできないんだな)
進は肩を落としてソファーに浅く腰掛けた。
「ユキさん。しっかりしてください。」
手術室で紫がユキに声を掛ける。ユキはぼんやりとした意識のまま紫の声のする方を見た。
「ユキさん、破水しています。時々顔をしかめている、という事はお腹に
鈍痛が来ていると思います。」
紫の言葉にユキが頷く。
「これ以上母体に負担を掛けないためにこれから帝王切開でお子さんを取り
上げます。全身麻酔をしますので少しずつ意識がなくなります。(マス
クを当てられる)はい、ゆっくり吸って下さい鼻で吸って…ゆっくり深
呼吸をするように…はい、上手ですよ…そう…深く吸って下さい…。」
ユキは数年前自分がする側だった事を思いだしていた。
(そうだった…される側、ってこんな感じなのね…)
ユキは浅い微笑みを残し意識が遠のいた。
「さて…始めます。」
紫は姿勢を正すとユキの顔を覗きこみ“がんばってね”と声を掛けた。
「進くん!女のお子さんですよ!」
モリタが手術の事を聞きつけて進に報告に来た。
「モリタ先生!」
進がソファーから立ち上がる。
「とても元気なお子さんだそうだ。取り上げてすぐに泣いて手も足もしっかり
動いていて指もちゃんと手、足、共に10本ある。安心しなさい。」
モリタの言葉を聞いて進の眼は涙でいっぱいになった…が、すぐに
「ユキは?ユキは無事なんですか?」
進がユキの事を確認する。
「私はお子さんと一緒に手術室から出てきたから…」
モリタも気になったが今はとにかくこの難しい顔をしている進に子供を見せて上げようと思った。進もできればユキの様子を聞いてから子供を見たかったがモリタがこっちだよ、と歩き出したので進は案内される方へ歩き出した。
「あそこだよ。」
NICUの中の小さな保育室の中にちいさな両手と両足をひくひくさせて眼をぎゅっとつむっている赤ん坊がいた。皮膚はまだ赤く顔もしわしわ。
「小さいなぁ…でも生きてるんですね。」
進の眼から涙が零れ落ちる。たくさん並んだ保育器の中には信じられない程小さな命が動いていたがユキの産んだ子供以外目に入らなかった。
「体重は1498グラム。小さいけど頑張ったね。保育器から出られるのはまだ
先の事になりそうだ。」(モリタ)
「ちっちゃいですね…大丈夫でしょうか?」(進)
「進くんの子だよ?きっと大丈夫さ。予定日頃に体重が3000ぐらいになれば
大丈夫さ。」
ふと他の保育器が眼に入り余りの小ささにユキの産んだ子供が急に大きく見えた。周りを見ると進と同じように窓ガラス越しにじっと見つめている姿がある。
(みんな同じなんだな。まだうちの子は大きい方かもしれない。)
進は自分の言った言葉を反省した。
二人は飽きる事無く生まれたばかりの赤ん坊を眺めていた…と、その時モリタの首にかかっている携帯が鳴った。
「モリタです。」
<紫です。古代さんは一緒?>
「あぁ、今赤ちゃんを見に来てる。」
<ユキさんが元の病室に戻りました、とお伝えください。>
「わかった、すぐに戻るよ。」
進は内容を横から聞いて頷くとNICUを出てモリタと一緒にユキの病室へ戻った。
作品名:島を想う(宇宙戦艦ヤマト完結編の後)10 作家名:kei