たとえばこんな
どうにか少年をなだめ安心させて、家の近くまで送り届けた後、舞い戻った公園のベンチで、ハンガリーはようやくぽつりぽつりと話を始めた。
あの少年は、12年前に、まぎれもなく彼女が、産み落とした子なのだという。
ハンガリー本人の必死の嘆願で、しばらくは手元で育てていたが、赤ん坊を国の時間軸の傍に長くおいておくわけにはいかない。上司やオーストリアからの説得もあり、涙をのんで城下街に住む信頼できる夫婦に預けていたらしい。
しかし当然のことながら、彼女は初めて腹を痛めて産んだ我が子の存在を、どうしても忘れることが出来なかった。誰にも秘密で街におりては、頻繁に様子を見にいくうちに、成長した彼といつしか言葉を交わすようにまでなったのだという。
自分の素性はあくまで隠し通していたはずだったのに、とハンガリーは瞳を潤ませる。
「母さんって、呼んでくれた…あの子、気付いてたのね…知らなかった」
「…」
幼い身ながら全力でハンガリーを守ろうとしていた少年は、別れる間際、なにか言いたげにプロイセンを――自分と同じ髪や目を持つ男の顔を、凝視していた。胸が熱く締め付けられるのを無理やりこらえ、プロイセンはかすかに口元だけをほころばせる。
「賢い子だぜ。俺に似て」
「…なっ!」
ハンガリーが憤然と立ち上がった。
「誰が!いつ!あなたの子だって言ったの!?決め付けないで!」
「いや俺の子だろ!どこからどう見ても!!」
そう。色彩といい顔立ちといい、少年は生き写しといっていいほどにプロイセンにそっくりだった。当然、心当たりも身に覚えも、双方ばっちりある。ハンガリーがひどく悔しそうに唇を噛む。
「…まさかここまでそっくりに育つなんて思わなかったのよ…!」
「さすが俺の血だな。まだちびとはいえ小鳥のように男前だったぜ。きっと将来は有能な軍人になるぞ」
「やーめーてえええ!!!最近は声変わりしちゃって声まで似てきてるの…!…なんかすっごい嫌!!どうせならオーストリアさんに似てほしかった」
「おま…っ!冗談でも言うなよそういうこと!まさかとは思うがお前あいつと」
「変な想像しないでよそんな訳ないでしょばかじゃないの!死ねゴミ虫!」
「酷い!」
散々の怒鳴りあいの後、肩で息をするふたり。
「…」
「…」
眼下にひろがるドナウの流れは、夕暮れにつれ、ゆっくりとその色を変えていく。並んでベンチに腰かけたまま、しばし、彼らは、それを睨みつけるようにみつめる。
ぽかりとひととき、妙な無言の間が落ちた。