たとえばこんな
「…なあ」
沈黙を破って、プロイセンが、低く呟いた。
「なんで、俺に、なにも言わなかった?」
「……あなたに言って、どうなるの?」
同じく前だけをみつめたまま、答えたハンガリーの声は、穏やかだった。咎める色も、恨む響きも無く、ただ静かな諦めだけがあった。横顔は、凛と強さをはらんで美しく、プロイセンは言葉を失う。
確かに彼女の言うとおり、国を背負う彼が、国を背負う彼女に、個人としてできることなど無いに等しいのだ。むしろ、生まれた子の父親が強国プロイセンと知られれば、取り上げられる危険性すらある。ハンガリーがそれを恐れたのだということも、理解できる。
「それでも、俺は、」
プロイセンはきつく拳を握りしめながら、絞り出すように低く、言った。
「俺は、嬉しいよ。お前が、俺の子を、産んでくれて」
「…」
「…なんの助けにも、なれないかもしれねえけど、努力ぐらい、させろよ…どうにかして傍にいたいし会いたいに、決まってるじゃねえかよ…」
「――…っ」
ハンガリーが、ひゅ、と息を吸い、言葉をつまらせた。堪えるように瞬かせた長いまつげがみるみる濡れて、大粒の涙が頬を零れ落ちた。
「…だって、わたしたち、そんなんじゃ、ない」
「そんなんじゃないって、なんだよ。俺は、お前と別れたつもりなんか一回もねえぞ」
途端に耳まで真っ赤になり目を剥くハンガリー。
「国同士よ!?なに言ってるの!?わ、別れるもなにも、つきあったことなんか、わたしたち無いでしょう!?」
プロイセンが顔色を変える。
「どうかしてるのはおまえだ!じゃあなにか?おまえは恋人でもない相手と寝るのかよ!?」
「っ!生々しい言い方しないでよばかあ!」
「じゃあどう言えばいいんだよ!!俺の子まで産んでおいて今さら何いってんだばーか!」
「あなたにだけは言われたくないわよ人の気も知らないでばーかばーかだいっ嫌い!!」
「…なんだと!?ばかって言うほうが…――あー…」
一旦言葉を止めて、プロイセンは目を泳がせた。
「…よそうぜ。一応、俺らも、その、もう、親なんだし」
「……そ、そう、ね…うん…」
そのままふたりして、黙って夕日を見つめる。