たとえばこんな
「…あのさ、時々でいいから、俺も、会いに来たら駄目か?…余計なことは、言わねえから」
ひどく緊張した声音で、プロイセンが言う。らしくもない懇願の響きに、ハンガリーは、大きく目を見開き、かすかに頷いた。
「…うん」
「育ててくれてる夫婦ふたりにも、…ちゃんと、挨拶したい」
「うん…会ってほしい…すごく、いいご夫婦だから」
「そっか…」
おそるおそるといったように伸びてきたプロイセンの手が、ハンガリーのひとまわりちいさな手を握った。大きなてのひらに包まれて、ハンガリーは、長く、息を吐いた。
「いろいろ、ありがとな。ひとりで大変だったろ…本当に、ごめん」
「……ううん」
ほんのわずか、ハンガリーの頭が傾いで、プロイセンの肩に触れる。
ふたつの影が、ひっそりと寄り添い――今度の沈黙は、けして居心地の悪いものではなかった。
「…あいつの将来の事も、ちょっと考えてやらねえといけねえな」
彼女の髪に唇を寄せたまま、プロイセンが大真面目な声で呟く。ハンガリーは、息だけで微笑った。
「…気が早いわ」
「早いもんか。…よし、もう少し大きくなったらベルリンの大学に寄越せよ。男の子なんだから、教育は俺んちとかでやったほうがいいだろうしな」
「ちょっと!?」
ハンガリーがはじかれるように、青い顔で身体を起こした。
「なに言ってるの!?あの子はうちの国民です!わたしが産んだわたしの子どもなのよ!?」
「胤は俺のだろ。ひとりじめすんなよ!」
「いや!最っっ低!ほんとあなたって最低!だめ!やっぱり絶対あの子には近寄らせない!」
「やなこった!自分の息子に会いに来て、何が悪い!」
珍しく静かな空気はたちまち破られ、あっという間に普段通りの賑やかさがもどる。
新米父母のいつ果てるともない口論はドナウに流れ、ブダペストの街は静かに藍色に暮れていった。