オリジナルの話
移民の歴史から直ぐに戦史が始まり、初期は血で血を洗う下剋上であり、現在でも強さこそ至高の気風が根付くブラックと、戦いを忌み、箱庭の平和の中で歌い続けるグリーンは全く真逆であった。
ブラックの者達は女々しい森の貴族共、とグリーンの者達を揶揄し、同じくグリーンの者達は血生臭いブラックの者達を暗黒惑星の猪侍共と眉を顰め、嫌った。
全くそのつもりではなかったのだが、星を離れてから思い起こすと自分はまるで第三惑星とその者達のようだと雷は思う。
好きでそうしている訳ではない。だが例えば、一つ上の兄と長兄に言わせてみれば気位が高く他兄弟の事にあまり関心を示さない所。
兄弟の喧嘩……と言うよりは大半は一つ上の兄が一つ下の弟をいじめ、それを長兄と彼が止めるのであるが、我関せずとばかりに表面上で平静を保ち、安全圏で涼しい顔をしている。
その所謂取り澄ました様を直ぐ上の兄は嫌い、
彼はそれもまたお前だと言う。
でも本当は、自分は四人の兄弟が羨ましいのだと思う。そこは他の諍いに無反応であったグリーンの民達と異なる部分だったのだろう。
誰にも話さないが、彼だけは自分がそう思っている事を知っている。
そして自分も、恐らくは彼の事を必要以上には知っている。
雷達は五体共機能停止の処分を受ける。
終わらない戦いの中で、防人は不要となった。
正しくは……戦いが続き各惑星を守る為の防人は依然必要なものであった。だから五体の戦士は不要となった。
以下の事は勿論、直接の原因ではないのだが、人造の兵器のあり方について各惑星の科学者や上層部の者達が考え直し始めた出来事は……二番目に製造され刃と名付けられた彼の「事故」からであった。
この二号機はブルーの、忘れ去られる程の昔に極東の島国に存在していたと言う、忍びと言う特殊部隊をモデルとして作成された。
その忍び、五体の中でも特に己自身の持つ身体能力……聴覚、嗅覚、そして視覚の力を重んじ、頼りとする二号機の防人が、最早遠い昔であるが、当時の惑星ブラックの支配者の一行に付随し第三惑星に赴いた後に、あろうことか両目を潰し帰還した。
当時の最高の戦力だった人型の機械の致命的な破損に、二号機の主は頭を抱え、惑星内で随一の能力を持つ科学顧問であった男の力に頼ったが、治療……否、修復は不可能と言う。
何故だとその科学顧問に問えば、この傷は今のこの星の我々では作り得ない何か……恐らく五体の防人の武器の内の何れかによる破損ではないかと答えが返る。
そこで初めて二号機の主は、大切な自らの戦力を壊した下手人は惑星グリーンの防人ではないかと断定した。中立の方針でいつもの様にブラックをいなし、躱し続けている第三惑星グリーンへ対しての最終通告に近い脅迫外交の最中である。その切迫し切った状況の中で防人同士の衝突が無いとは言い切れない。
二号機の破損を口実にグリーンに完全な宣戦布告か、あるいはグリーンの全ての人間がこの先数十年単位で困窮する程の賠償を請求するか……と考えていた時に、日頃話さない二号機が口を開いた。
「将軍」
「何だ」
「先ず申し上げます。私の破損に惑星グリーンの防人は一切関わりがありません。」
「馬鹿を申すな。では何故、お前は盲となっているのだ。」
すると二号機……刃は自らの目尻と鼻、……両目を横断する傷の後を指差し話を続けた。
「科学顧問も言っております。私のこの傷の型。グリーンの防人では付けられません。」
この言葉により、将軍は一目見れば誰もが分かるだろう事実に気付いた。最終兵器の破損に対し、ブラックの最高司令官も冷静な判断が出来なくなっていたのである。
確かにグリーンの防人の武器は煌びやかな黄金の弓矢である。顔の皮膚を丁度、両目を潰し横切る刃の傷は弓矢によるものでない事は分かる。
下手人はグリーンの防人でない事は明らかであっても、何とかして惑星グリーンへの侵攻の口実かカードとしたかった将軍は、整然とした刃の答えに若干苛立ちながら言い返した。
「ならば何故お前の目は潰れているのか。しかも両目共。」
「私の失敗によるものです。申し訳……」
「詫びが聞きたいのではないわ。どの様にして何者により貴様はそうなったのだと聞いている。」
「……ご容赦を。」
怒りのままに真相を問い詰めようとしたが、今迄将軍の指示により、数え切れぬ程の人命すら顔色一つ変えずに断ち、ただ従順に応じていた刃が貝の様に口を閉ざし、話さない。
将軍にとっても事の真相はどうでも良く、ただ刃の傷を口実にしてグリーンに対し一層の強硬姿勢で臨みたかっただけであったが、それを実行するには何故か惑星全体が再生に向かい始めているグレイ、また今回の対グリーンの交渉に対し、ブラックに次ぐ力を持つレッドの動向も気になる。折角グリーン侵攻の口実が出来たのだが、攻め入るには他惑星の不安要素が揃い過ぎていた。
あの若造の率いる小賢しいレッドめ……と将軍は吐き捨て、しばらく事の真相とその究明は曖昧となった。
自らの目の顛末につき、刃は何人にも言う事は無かった。
しかし始めはブラックの中核部、そして次に惑星レッド、そしてブラックが一層勢力を拡大するにつれ他惑星の中核部の巷間にまで、ある事がまことしやかに言われる様になっていた。
あの暗黒惑星の盲目の防人は、グリーンの防人を嘆きその為に自ら視界を断ったのだと。
防人とは機械の分際で意志と感情を持つのかと人々は驚き、彼等を律し支配する人の主あってこその機械ごときが、主の許可を無しに戦闘に必須の機能を自らの手で破壊した事についてを各惑星の科学者達は懸念した。
そしてこの噂を知る者達は機械であり兄弟である惑星ブラックと惑星グリーンの防人の関係を邪推し、不浄の極みと嘲笑した。
人命を奪い続けるこの身は既に不浄、しかし雷が噂などにより汚される事に耐えられなかった刃は、人々の言う事だ、いずれこの嵐が止むまでと一切無反応の態度を貫いた。
しかし尚も止まず、数十年を経ても残り広がり、定説となってしまったその噂(確かにそれは真実で、二人は兄と弟の関係は超えているのだが。)に対し、彼の姿形を考えれば最早仕方のない事なのかもしれぬと、そうも思っていた。
衰えない雷の容姿は、そもそも刃との関係を囁かれる遥か以前から他惑星にも知られ、グリーンの情報と共に首脳陣の後方に映る映像の中のその姿は、青年……男性であるのだが開花したばかりの白バラと喩えられた。
人々は防人と言うと、長兄の炎の様な極めて長身の、戦士に相応しい堂々たる体格の者を思い描くのだろうから、そのギャップに驚いたものと思われる。
その女性的な、並外れた美貌の若者の為に自ら視界を断ったと言う常識ではとても考えられぬ事を行った男がいる。その盲目の防人と白バラは兄と弟であり、しかも機械である。これらが人々の間に言わば醜聞となり伝播していく事は、避けられぬ事であった。話す人々にとっては例えブラックとグリーンの防人の間に彼等が思う繋がりが実際にあろうとなかろうと、両者の関係は不浄の極みであり、そうでなくてはならなかった。
ともかくこの件により各惑星の科学者達は、感情と意志を持つ防人のあり方に疑問を持ち始めていった。