チビエド事件簿
なんでこんなことになってしまったのだろう。
俺は本日何度目かのため息をついた。
「では、次はこっちの服を着てみてくれ鋼の」
「いんや、こっちのほうがかわいいっすよ!」
大真面目な顔で、明らかに女の子用だと思われるフリルのついたピンク色のワンピースを差し出す大佐と、なんともマニアックな猫のきぐるみを熱狂的に押すハボックが、目の前で壮絶な言い争いを展開している。
俺はといえば、誰が選んできたのか分からないような子供用のタキシード(短パン・オプションでメガネ)を着せられて、もはや目の前の不毛な争いにため息をついているしかできないくらいに、脱力しきっていた。
アルのわけのわからない錬成に足を踏み入れてから、パニックに陥ったアルが俺を無理やりかついでここに駆け込んだのが、そもそもの間違いだったと思う。
「た、大佐!みなさん!兄さんを助けてください!」
なんだか、その台詞はいつぞやの台詞と被るものがあったが、そのときのその場にいた面々の反応が違っていた。俺たちが駆け込んだときのこの面々の反応と来たら、アルに抱きかかえられた俺の姿を見ていきなり着せ替え人形にしやがったんだ!しかも、俺が常とは違う機敏さを見せる一同にあっけに取られ、反論を言うこともできない間に。
それからなし崩し的に何着も着替えさせられて今にいたる。とうに軍の就業時間も終わったというのに、ここにいる大人達は自分を解放してくれる気配を見せない。そもそもいったいなんでまたそんな幼児用の服なんかがここにあるのか謎だ。
いや、そんなことはこのさいどうでもいい。それよりも今はもとに戻る方法だ。こんな不毛な行為はさっさと止めてもらおうと、争いを繰り広げる大人二人の前に俺は身を乗り出した。
が。
「ちょうどいい鋼の!」
「エドワード!」
「どっちを選ぶ!?」
それぞれ服を広げて大佐とハボック少尉が俺に迫った。
右に大佐の選んだピンクのワンピース、左に少尉の選んだ猫のきぐるみ…。結局決着がつかず、ちょうどタイミングよく飛び込んできた俺に決めてもらおうということか。
俺はおもむろに腕を持ち上げた。
そして、どちらを選ぶのかと嬉々とした表情で待ちわびる2人の目の前で、パンと両手を合わせた。
「いいかげんにしろーーーーっっ!!!!」
今まで溜まりに溜まっていた怒りを込めて、ワンピースときぐるみを両手に挟み込む。ばちっと青白い閃光が飛んだ。
「うおっ!?」
「わっ!」
それぞれ服を手にしていた大佐とハボック少尉が慌てて飛びのく。
バチバチと俺の手の中で二着の幼児服は火花を散らせていた。
俺は二つの服を完全に布切れにするつもりだった。そうすればもう、2人も何もできないはずだったから。
しかし。
「鋼の。君もまたマニアックなものが好きだったんだな……」
「うーん、こいつはこいつでなかなか……」
出来上がったものを見て、顔をしかめながら俺と見比べる大佐と、猫きぐるみ以上にぽやんとした表情で花を飛ばす少尉。
俺は、そんな2人のことなど眼中になく、ただ呆然としているしかなかった。
出来上がったのは、中途半端にワンピースときぐるみが合体した、なんだかどこかで見たようなねこみみつきのメイド服。
たしか自分はこんなものを作るはずではなかったのに。まさか、錬成能力まで半減、いやそれ以下になってしまったって言うのか!?
「とりあえず、着せてみるか」
しかし、目の前の2人は俺が放心していることをいいことにいそいそと俺が着ている子供用のタキシードを脱がし始める。我に返ったのはその上着が脱がされて、大佐の指先が下に着ていたシャツのボタンを丁寧に外しはじめたときだった。
「って、何してやがる!てめぇ!」
俺は大佐を殴り倒した。それはかがみこんでいた大佐の頭にみごとヒットし、右腕で殴ったので大きなたんこぶを作って、大佐が床に倒れこむ。
それから俺は泡を食って逃げだした。まともな服だったらまだしも(?)自分の失敗した錬成物なんて着るどころか見たくもない。
おれは小さいのを(泣)いいことに残った少尉の懐をすり抜け、ドアへと走り寄った。とにかくここから逃げ出したかった。こんな状況のままこれ以上玩具にされてたまるものか。
俺は精一杯腕を伸ばしてドアノブにしがみついた。いや、しがみつこうとした。
いつもなら、ドアノブなんて簡単につかめるはずだった。でも今日はどうがんばってもあと少しのところで届かない。
「あ、ああっ、もうちょっと!」
ぴょんぴょん跳ねても今の身長ではどうしても届かない。
「あきらめたまえ、鋼の」
「そうそう、こいつはぜひとも着てもらわんとな」
大佐がいつのまにか復活している。やはり今の俺じゃ大佐に決定的なダメージを与えるには至らなかったのか。
嬉々とした表情で、男2人がこちらに迫ってくる。その手にはあの例の服。
俺は身体から血の気が引いていくのを感じた。
「だ、だれが着るか!」
一応虚勢を張ってみても、それが無駄なことは分かりきっていた。前は今の俺には開かずの扉。後ろには体力差などわかりきっている大佐と少尉。逃げられるはずもない。
せめて助けを求めようと周囲を見渡すものの、アルは相変わらずパニックに陥って部屋の中を右往左往しているし、最終兵器もとい頼みの綱であるはずのホークアイ中尉はどこにも見当たらない。唯一、散らかった服をせっせと折りたたむフュリー曹長と視線が合ったが、苦い笑いを返してくれただけだった。
そうこうしている間にも2人の男が、俺に迫り来る。まさに絶体絶命!
そのときだった。
頭上でがちゃりという音がした。と思った直後に、後頭部が背後から殴打され、俺は床に突き飛ばされた。
「何をしていらっしゃるんですか、お二人とも」
上から、おそらく扉の前に迫っていた大佐と少尉を問い詰めたのだろう。軍に属する女性特有の声が聞こえた。
「あら、エドワード君どうしたの?そんなところで倒れて」
「ホークアイ中尉……」
ハボック少尉の、同情の篭った声が聞こえたのを境に、俺は気を失った。
ああ、今日は災難ばかりだ…。
ばたり。
気が付いたのは、それからそう時間はたっていなかった。目を開けると、心配そうに覗き込むホークアイ中尉の顔が映った。
「ごめんなさいね、エドワード君。気が付かなかったものだから」
本当にすまなそうな顔をされて、俺は慌てて首を振った。もともと悪いのは俺をあんなところに追い詰めた大佐とハボック少尉なのだ。いや、これはこれで論理が間違っているといわれるかもしれないが、それでも中尉が責任を感じる必要はない。
そう言うと、中尉は安心したように微笑んだ。
「あ、そうだわ。お詫びというわけではないんだけれど、これを着て頂戴。着るものがなくて困っていたでしょう?」
差し出されたのは、ごくごく普通の子供用のシャツとズボン。今までが今までだっただけに、それが神様からの贈り物にすら見えた。
「ありがとう中尉!」
ああ、もうこれであの大佐と少尉の着せ替え合戦からおさらばだ!
おれはさっそく着てみた。サイズもちょうどぴったりだ。これなら、どうにか外に出ても恥ずかしくはない。
だが、その格好で他のみんなの前に出て行ったら。
「なんだ。普通の格好ではないか。つまらん」