チビエド事件簿
名前なんて聞いてどうするのだろうと思ったけれど、あえて答えない理由が見つからなくて、エドワードは答えた。
「エドワード=エルリック、だ」
急に青年が足を止めた。
エドワードははっと気がついて後悔した。自分の名前は、世の中に知れ渡っている。特にここイースト=シティでは有名なのだということを失念していた。
「そうか。エドワード…」
もしかして気づかれたかと思ったのだが、その危惧は違ったらしい。振り返った青年はにっこりと笑った。
「ちょっとこっちに行こうか」
そう言って、エドワードの腕を強く引っ張った。青年が足を向けたのは、すぐ傍らの狭い路地。
普段から光の入りにくいそこは、陰りはじめた空のせいで一層暗く沈んでいる。嫌な予感。
「ちょっ、待てよ!」
エドワードはとっさに腕を振りほどこうとした。だが、青年がエドワードの細い手首を痛みを感じるほど強く握り締め、振りほどくことができない。あまりにも、無力。
「畜生…!」
だが、それははっきりとした声にはならず、かぼそいうめきにしかならなかった。
「だめだよ、逃げようなんて」
腕の中に崩れる小さな子供を抱き上げて、青年は口元に笑みを浮かべる。
細める目元には、今は狂気がにじんでいた。
「君は僕のお人形さんなんだから」
エドワードの口と鼻を押さえていた布切れを、ゆっくりとはずした。その白い布切れからは、強いアルコールの臭気が漂う。
「でも、よかったよ。大好きな君がこんなに愛らしい姿になって僕のもとへ来てくれたんだから。ねえ、僕のテディ」
愛しげに青年はぐったりとうなだれるエドワードを抱きしめた。
そして彼は路地裏の、更に暗く深いところへと、歩みを進めていった。