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改・スタイルズ荘の怪事件

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4,0章


ジョン・カウンディッシュが部屋に入ってくると同時に、わたしは覚醒状態へと移行した。時刻は朝の五時を回っていたが、人を起こすには少し早い時間帯である。条件付けで発動しかけた殺人行動を抑制していると、彼に身体を乱暴に揺さぶられた。
「どうしたんです。」
少し口調が白々しかったが、動転している今の彼を騙すには十分だろう。わたしはベッドから起き上がりながら、はっきりとした意識で説明が来るのを待った。
「母の様子が変なんだ。発作を起こしたのかもしれない。だけど、部屋には鍵がかかっていて。」
「行きましょう。」
わたしは手早くガウンを羽織ると、わざとアクビをしながら通路を進んだ。ジョンの後を追って、自分のいた左棟から階段前を通過し、夫人の部屋がある右棟に向かう。
ジョンは夫人の扉のノブを力任せに引っ張ったが、びくともしない。中から鍵かボルト錠がかかっているのだろう。ジョンが何度もドアを引っ張ってる内に、みんなが次々と起き出してきた。わたしは内部を捜査して生体反応があることを確認していたが、でしゃばるような真似せずに一つだけ質問をした。
「アルフレッドさんの部屋から入れないんですか。」
わたしが聞くとみなは顔を見合わせた。今ざっと調べた限り、夫人の部屋は左右の部屋と内扉でつながっている。片方は塞がっていたが、もう片方は順当にいけば夫のはずだ。
その夫は未だに、この集まりに合流していなかった。顔を見合わせている彼らの様子からすると、無意識に考えから除外していた様子だ。気持ちは分からないでもない。
「大丈夫ですよね、そうですよね。」
泣きそうなメアリの声が早朝に響き渡り、その足元ではドーカスが夜間掃除のための通路を妨害されて右往左往している。
ジョンがアルフレッドの部屋のドアを開けてみると、そこには朝の薄闇があった。照明をつけると、そこは無人でベッドを使った形跡もなく、何時間も前から誰もいないことは明らかだった。
わたしたちは迷うことなく隣の部屋へ通じる扉に向かった。この扉もまた反対側から施錠されている。そろそろ私の出番のようだ。
「仕方がないドアを打ち破ろう。念のため、誰か村からバウアスタイン博士を呼んできてくれ。そういえば、シンシアの部屋にもここに通じる扉があったんじゃないか。」
「ですけど、あの扉は塞がれていたはずですよ。」
「万が一ってこともあるだろう。」
夫婦だけによる短い応答の後、ジョンはシンシアの部屋へと走り出した。あっちの部屋の中ではまだシンシアが寝ているようだった。何でも、一度寝ると付けているゴーグルを外さないと起きないほど眠りが深いのだそうだ。彼女にとってゴーグルとは何なのだろうか。
ジョンはすぐに戻ってきた。
「駄目だった。やっぱり扉を破ろう。こっちの方がまだ向こう側より薄いはずだ。」
わたしたちは男二人で体当たりを試みた。一発で打ち破れたのは、わたしの出力によるところが大きい。一般人だけなら道具を用いても一時間以上はかかったはずだ。明らかに十九世紀建築の水準を超える強度を持った扉だった。
転がりそうになりながら部屋に入ると、わたしは視線の先にあるものに驚愕した。ミセス・イングスソープがベッドで全身を痙攣させていたのだ。ベッドの脇には、はずみで手でも当てたのか、小さめのテーブルが倒れている。
ジョンが部屋に明りを灯し、ベッドの傍で母親の手を握ろうとしている間に、わたしは廊下側の部屋の鍵を開けて、外で待っていた人々を招きよせた。わたしは彼らが部屋に入るのをそれとなく眺めていたが、彼らの何人かが最初に見たのは、夫人ではなく隅にある燃えさしの残った暖炉だった。
イングルソープ夫人の症状は治まりかけているようで、わたしは内心ほっとした。死人や怪我人は大丈夫だが、病人はどうにも慣れない。ナノ医療が発達して以来、大陸ではほとんど見なくなった人種なのだ。
「ちょっと楽になってき」
夫人の声は途切れがちに続いているが、わたしの耳には上手く入ってこなかった。周りを見ると、メアリがシンシアをほとんど抱きかかえるようにして、部屋から連れ出して来ていた。ゴーグルを付けているせいで判然とはしないが、足取りは全く安定しておらず、どこかボンヤリとした感じである。
「シンシア、大丈夫だから。怯えないで。」
メアリはそう励ましているが、怯えている人間はあれほど何度もアクビをしたりはしないものだ。
そのときベッドから苦悶の叫びが聞こえてきた。新たな苦痛が夫人を襲ったのだ。先ほどより痙攣は激しくなり、心配そうに皆がベッドの周りに集まってくる。しかし、私も含めて誰も夫人の苦痛を和らげることさえ出来はしないのだ。
ジョン夫妻は気付けのブランデーを飲ませようと奮闘していたが、だめだった。無力感がわたしたちの間を漂っていく。
絶息。身体を一度弓のように大きく反らせ、何かを問うように虚空を強くにらみ付けた後、かつて「メディア」と呼ばれた女性はこの世から去っていった。
そのとき部屋に入ってきたバウアスタイン博士は、ベッドの上の夫人を見つめて、はっと立ち止まった。博士はすぐにベッドに駆け寄って救命措置を始めたが、博士自身も含めて、その効果を信じている人間は一人もいないようだった。やがて彼も自身を騙すのを止めると、無念そうに首を振った。
「お気の毒に。しかし、これは──」
博士は気を取り直して目線だけでこちらに合図を送ってきた。わたしが小さく頷くと、彼はジョンの方に話しかけた。
「ミスター・ヘイスティングと二人きりでお話ししたいのですが。」
ジョンは少し困惑した表情を浮かべたが、大きく一つ頷くと他の人たちを連れて部屋を出ていった。わたしは用心のために部屋の鍵を閉める。
「夫人には医療用のナノマシンが入っていたんですね。」
わたしは彼に基本的な確認をした。
「そうです。それも大陸の現在標準でも最高クラスのものが入っていました。突然死なんて在り得ないんだ。」
「整備不良による誤作動ということはないのですか。」
博士は力なく首を左右に振る。
「これは私を信じて頂くしかありませんが、あの夫人が日常的な調整すらも満足できないような人間をわざわざ招くと思いますか。」
夫人には金が唸るほどあった。わざわざ藪医者を連れてくることは考えられない。そもそもナノマシンの誤作動は天文学的な確率の出来事なのだ。
「では決まりですね。」
その言葉に博士は陰鬱そうに頷いた。
わたしたちが階段を下りてくると、家の人々は応接間に集まっていた。それを見て、わたしは一つの質問を発した。
「ミスター・イングルソープはどこですか。」
メアリは首を小さく振った。
「屋敷にはいないみたいなんです。」
わたしは博士と目を見合わせた。アルフレッドはどこに消えたのだろう。朝の五時から屋敷を留守にするとは、見た目よりもずいぶんと活発な男だったらしい。しかし、今のわたしたちにはそれより大切なことがあった。説明は博士の口から行われることになっていた。わたしは大陸の人間として、博士の言葉に箔を付ける役だ。
「ミスター・カウンデイッシュ、検視解剖に同意して頂けませんか。」
「そんな必要があるのですか。」