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改・スタイルズ荘の怪事件

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ジョンの声には沈痛な響きこそあったが驚きの色はなかった。可能性としては考えてはいたのだろう。
「間違いなく。」
わたしは役柄通り断言した。
「わたしも、この状態で死亡証明書を出すことは承知しかねます。」
ジョンは疲れ果てたのか、老人のようなため息をついた。
「お好きなようにして下さい。」
「では今日の夜にでも。この状況では検死審問は避けられないでしょうが、どうか気を落とさずに。」
短い沈黙の後、博士は鍵を二つ差し出すとジョンに渡した。
「わたしの考えでは、部屋はしばらく施錠したまま誰も入れないのが最善かと思います。」
それだけ言うと博士はいそいそと村に帰っていった。彼にも色々とやることがあるのだろう。
わたしの方は先ほどから頭の中で巡らせていた計画を実行するタイミングを計っていたが、博士が去った今こそ、その時に違いないと思った。ジョンはすっかり弱っているし、今なら強い言葉で彼に決定を促すのは容易いはずだ。普段ならしないようなことでも、何とか勢いで誤魔化せるだろう。
「ジョン、提案があるんですが。」
「後ではいけませんか。」
「わたしの知り合いが、この近くにいることを話したでしょう。あれはとても有能な調査官だったんですよ。」
「ええ、それが何か。」
「今度の事件を調査するために、呼ぶべきだと思うんです。」
「なんだって、検死解剖すら終わっていないのにですか。」
「正直に言いましょう。これは殺人事件です。呼ぶのが早ければ、早いほど傷は浅くすむと思うのです。」
「馬鹿馬鹿しい。」
ジョンは怒った声で言ったが、表情はそれに追いついていない。
「殺人事件なんて、あなたたちの下らない妄想の産物です、博士だって医学博士と言っても、死体を見慣れてるわけじゃない、自分の仕事が無くなるかもしれないから、必死にアピールしてるんですよ。」
途切れることなくまくし立てると、心の中にあった怒りは何処かに消えてしまい、ジョンには不安だけが残った様子だった。
「そうするべきなのかもしれない。だが、もう少し時期をみて、下手な醜聞は起こしたくないし。」
「ご心配には及びませんよ。」
わたしは心も込めず軽がると請け負った。実際はどうあれ、常識的にはクメルの言うことを信じる人間などいないものだからだ。
「あなたが責任を持つというなら、お任せすることにしましょう。ですが、もし違ったのなら、即刻お帰り頂きますよ。そうでなくても余所者を家に入れるなんて。」
ジョンはまだ何か言いたそうだったが、わたしはその場を足早に辞した。体内時計を確認すると既に六時だった。
「急ぐことにしよう。」
そう言い終わる頃には、足は既に走りだしていた。ポアロの住家に向かいながら、わたしは内部機関を検索し、安楽剤・ストリキニーネの項を見つけだす。ナノマシンの停止と、強度の痙攣、わたしが知る限り、そんな症状を生み出すのはこの薬だけだ。
資料を読みながらポアロの住むけばけばしい建物に向かう途中、屋敷と町の中心地のちょうど中間の辺りで、わたしは向こうからやってくる人影に気づいた。アルフレッドだ。向こうに気づかれるよりも早く減速すると、わたしは彼に話しかけてみた。彼が屋敷を留守にしたことに関する言い訳に興味があったからだ。
「ああ、なんてことだ。とても信じられない。わたしの妻が、そんな馬鹿なことが。」
彼は心の底から狼狽した様子だった。
「今まで何処にいたんです。」
「友人にゆうべ遅くまで付き合わされて。終わったのは深夜だった。そのとき、鍵を忘れたことに気づいたんだ。ドーソンのセキュリティを解除するのも面倒で、友人の家に泊めてもらったんだ。」
「それにしては、随分と耳が早いですね。」
「バウアスタイン博士がデンビーの家に知らせに来たんだ。町はもう大騒ぎさ。あのエミリーが死ぬなんて、信じられない。信じられないよ。」
彼の言葉には悲劇に酔った人間特有の雰囲気がにじんでいて、わたしは軽い軽蔑を感じずにはいられなかった。もし死んだのが夫だったなら、夫人はこのような振る舞いは決してしなかっただろう。
「用事があるので。」
わたしはそう言うと、急いで彼の元を去った。
能力制限を一部解除して走ったので、五分後にはポアロのコテージの前に立つことが出来た。ドアを叩いたが反応はない。工場の近くでは、まだ夫人の死は知られていないのだろう。かなり乱暴に更に数回叩くと、頭上の窓が開いて、ポアロがそこから顔を出した。
「夜這いには、少しばかり日が高いと言わざるをえないね。」
わたしは窓を見上げながら、手短に屋敷で起こった事件を報告した。
「ちょっと待ってて、いま開けるから。話を聞きながら、準備をしよう。」
まもなくポアロがドアを開けると、わたしは彼女の後ろについて部屋に入った。ポアロの部屋の中は狭いながら完璧なまでに清潔で、家主の性格を端的に指し示している。彼女が念入りに身支度を整えているそばで、わたしはスタイルズ荘に来てからのことを、覚えている限りすべて話した。
機械化された記憶野のお陰で、わたしの口は淀みなく様々な出来事を告げることが出来たが、あまりに瑣末なことまで伝えるという欠点もあった。そのせいだろうか、ポアロは話の途中からどんどん機嫌が悪くなっていった。
「シンシアのことは知っていたけど、エヴリンにメアリね。たった数日しか経っていないのに、全くこれだから。」
「落ち着いて下さい。よく調べて、事実を整理して、秩序立てて重要なものだけを選び取れば、それが言われのない誤解だと分かるはずです。」
「ごもっともだけど、どうやって重要かどうかを判断するのかな。」
わたしは大きく首を振った。ポアロは髪を撫で付けながら、鏡ごしにわたしの方を冷たい目で見ている。
「いえいえ。事実というのはパズルのようなものです。しかるべき配置というものがあるんですよ。ポアロ。全てにちゃんと意味があるんです。」
「ふうん。」
「いいですか。」
わたしは内心では酷くうろたえていた。まるで自分が自分ではないかの様に言葉が次から次へと浮かんでくるのだ。
「用心してください。こういう調査官は危ないんです。”たいしたことじゃない。どうだっていい。つじつまが合わないから、忘れてしまおう。”こんなことでは、何も見えない。全ての事柄には、意味があるんです。」
「言われるまでもないよ。それが公式の見解というやつだ。だから君に全てを話させたんだよ。」
「しかし、今思いついたのですが、やはりわたしも気が動転していたようです。きわめて重要な事実をひとつ飛ばしてしまったようです。」
「何かな。」
「イングルソープ夫人が昨夜どれくらい食べたかということです。」
わたしがこの事件の焦点の一つを示したにも関わらず、彼女は訝しげな表情を見せるだけだった。この一週間のうちに英雄の優秀な頭が鈍ってしまったのだろうか。ポアロはわたしの答えに興味を失ったとでも言うように、自分が羽織るコートの毛羽を取るのに全神経を集中しだした。
「わたしが覚えている限りでは、それほどの量は食べていなかったように思います。気が立っていて食欲が沸かなかったということも考えられますが。」
「なるほど、別に不思議ではないね。」