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改・スタイルズ荘の怪事件

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ポアロは引き出しを開けて小型の機械類を取り出すと、わたしの方に向き直った。
「準備完了かな。さて、お屋敷にピクニックと洒落込もうか。」
「そんな冗談が言える状況ではないと思いますが。」
不審物を見るような視線が、こちらに突き刺さってきた。
「君、変なものとか食べなかった?普通、機械化されてる方が耐性があるもんなんだけど。」
いまいち意味が分からなかったが、わたしは先日食べたツァトゥグアについて説明した。先ほどは珍味という言葉で済ませてしまったのだ。ポアロは短く口笛を吹いた。
「どんな形であれ、背景【コンテクスト】を一度ずらされたら、機械化如きでは対抗出来ないか。しかし、珍しいな。天然ものかな。」
「冷凍で養殖だという話でしたよ。」
「そっちじゃないよ。どっちにしても君には関係の無い話さ。おっと、わが相棒【モナミ】、動かないで。ネクタイが曲がってる。」
彼女は器用にわたしのネクタイを直すと満足そうに頷いた。
何かはぐらかされた感じだが、今はそんなことを言っている場面ではない。わたしはポアロを抱き上げると、早足で村を通り抜けて、裏口の方から屋敷の庭に入った。まだ朝露に濡れている庭園は、痛ましいまでに美しかった。
「こんな美しい庭園がある屋敷で、殺人事件が起こるなんて。悲しいことですね。」
彼女は何も言わずこちらを見てきた。もしも、機械化されていなかったら、わたしの顔は赤くなっていたことだろう。自分でも分かるくらいに、その言葉は軽薄で真実味に欠けていたからだ。
夫人の死はこの屋敷に悲しみをもたらしただろうか。ここの住人は悲しみの底で打ちひしがれているのだろうか。亡くなった彼女は、全ての人から愛される聖人ではなかった。その死は衝撃や困惑は生んでも、悲嘆の対象にはならないのかもしれない。
わたしの考えていることに気づいたのか、ポアロは小さく頷いた。
「神話では英雄の条件とは復活だったとされている。つまり、死んだ者には何の価値もないということだ。覚えておくといい。わたしたちすら死そのものとは争うことは出来ないんだ。」
「貴方の言うとおりでしょうね。」
わたしはそれだけ言うと、丁寧にポアロを庭に降ろした。
「ヘイスティングズ、何故に夫人の夕食の量が問題になるのか説明してくれないか。さっきまでは分かっていた気がするんだけど、どうもこの屋敷に入ってから四散してしまった。」
わたしはしばらく黙って歩いていたが、ゆっくりと口を開いた。どうやら彼女が本気で不調らしいと察したからだ。
「それなら説明します。いまの時点で分かっているのは、夫人がおそらくストリキニーネ中毒で死亡したこと、そして、まず間違いなく、ストリキニーネはコーヒーに混入されていたということです。」
「それで。」
「コーヒーが出されたのは何時でした。」
驚くべきことに、ポアロは少しだけ考え込んだ。
「八時ごろという話だったね。」
「とすると、八時から八時半の間に飲んだと考えられます。それより遅いことはまずありえない。ストリキニーネを用いたナノマシンの無効化の効果は、だいたい一時間以内に表れます。ところが、夫人の場合は効果が出たのは午前五時です。胃の内容物によっては消化の関係で症状が出るのが遅れることも考慮しなければいけませんが、夫人はほとんど夕食を口にしませんでした。これは奇妙です。検死で何か分かるかもしれませんが、注意すべき点だと思います。」
庭を抜けると、屋敷の前にはジョンが立っていた。彼は精一杯の威厳を保とうとしていたが、疲れがそれを邪魔している様子だった。
「ミスター・ヘイスティングズ、分かっているとは思いますが、我々はことをなるべく大きくしたくないのです。」
「その点はよくよく承知しております。」
ポアロはどのクメルよりもクメルらしい卑屈さで、丁重な回答を返してみせた。ジョンも平静なら、そこにある芝居っ気を感じ取ったかもしれないが、今はそんな余裕はないようだった。
「実際のところ、貴方だって遠慮して欲しいんですよ。」
「サー・カウンディッシュ、お気持ちはよく分かります。ですが念のためということもあるでしょう。」
ジョンはタバコを取り出して苛立たしげに火をつけた。ポアロとの会話中も彼の視線はわたしの方をずっと向いたままだ。存在を認めることすら汚らわしいと思っているのだろう。
「あいつが戻ってきているんだ。」
「ええ、ミスター・イングルソープなら会いましたよ。」
ジョンはマッチを近くの花壇に投げ捨てると、ポアロは何も言わずそれを拾って手の中に隠した。彼女は何も言わなかったが、ジョンに対する評価が下がったのは明らかだった。
「母が死んだとなっては、あの男をどう扱ったものやら。」
「いまだけの辛抱です。」
ポアロは静かな声で言った。
ジョンは言葉の意味を取りかねて困惑していたが、気を取り直して、わたしにバウアスタイン博士に渡された二つの鍵を差し出してきた。
「見たいものは何でも見てくれて結構だ。」
「部屋には鍵がかかっているのですか。」
「博士がそのほうが良いと言ったからな。」
ポアロは感銘を受けたというように頷いてみせた。
「なるほど博士には確信が御ありなのですね。卓見と言うべきでしょうか。」
ジョンと別れた後、わたしたちは事件の起きた部屋へと入った。ポアロは中から鍵をかけた後、扉に寄りかかって目をつぶってしまった。わたしが室内を隅々まで調べている間、彼女がしたのは自分の眉間を揉むことぐらいだった。
「どうしたんです。そんなところに突っ立て──」
「まるで、でくのぼうみたいとでも言いたいのかな。ほら、足跡とかそういうものへの配慮だよ。」
ポアロの上耳が力なく動いている。
「足跡って、何を言っているんですか。この部屋に何人入ってきたと思ってるんです。今更、誰の足跡が見つかるっていうんですか。」
彼女はわたしの言葉を避けるように窓際のテーブルに移動したが、これは賢明な行動ではなかった。テーブルの天板が安定しておらず、腕を置いた拍子に傾いて、ポアロは床に投出されたからだ。
「なんてテーブルだ。」
ポアロは物に八つ当たりした。
「全く、広い屋敷より狭い我が家が恋しいよ。」
そう言って小さく舌打ちすると、彼女はまた壁の花に戻ってしまう。
わたしは先ほど押し破ったドアを調べ、施錠されていたことを確認したが、思った通り、そこにはナノ技術を用いた強度の向上が認められた。普通ならありえないことだが、夫人なら扉の一つや二つ簡単に輸入出来るだろう。
シンシアの部屋に通じる反対側のドアも同じ処理が施されており、やはり鍵は閉まっていた。わたしは音を立てないよう慎重に、錠を何度か開けたり閉めたりしてみた。そこには一つの発見があった。わたしはそれをじっくり調べた後、書き物机の上にあった封筒の中に入れて封をした。
「その箱は悪くない趣味だね。」
ポアロの言葉通り、書き物机の上には紫色の文章箱が鍵を挿したままの状態で放置されていた。わたしはそれに興味をそそられ、慎重に鍵を抜き取ってみた。鍵はオーソドックスなシリンダー錠のもので、キーホルダー用の穴にはねじれた針金の切れ端が挟まっていた。
「何かこの部屋、甘い匂いがしない?」