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改・スタイルズ荘の怪事件

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周囲を見回すと、整理箪笥の上にはアルコールランプと小さな鍋を置いた盆があった。鍋の中には黒っぽい液体が少し残っており、近くにはそれを飲むために使ったと思しきカップが置かれていた。わたしは鍋に指を入れると、無警戒に中身を舐めてみた。わたしの身体はストリキニーネごときでは死なないのだ。
「ココアと、これはラム酒ですね。」
ベッドの方は細かに見るまでもなく暗示的で、テーブルが倒れ、本や読書用のライト、鍵の束、それにコーヒーカップの破片が散乱していた。
「さっきも気になっていたんですが、ここは少し妙ですよ。」
「どこが。」
「ライトを見て下さい。落ちたときの衝撃で、電球にひびが入っているがそれだけです。ですが、コーヒーカップは粉々です。」
「誰かが踏んだんだろうさ。」
ポアロはうんざりした調子で言った。
「その通り、誰かが踏んだんですよ。何故にカップ踏んだのか、ストリキニーネが入っていたからか」
「あるいは入っていなかったからか。」
わたしはキメ台詞を取られて口を閉じるしかなかった。今まで自分でも不思議なほど調子に乗っていたが、わたしに分かることがポアロに分からない道理がないのだ。
ポアロは大きく息を吐くと、やっと自ら調査を始めた。床から鍵の束を拾い上げると、指でくるくると回してから、無造作に取った鍵の一つを紫色の文章箱へと差し込んだ。鍵が正解であったことを確認すると、また鍵を閉めて、わたしが持っていた箱に挿されていた鍵と合わせてポケットにしまう。
「早急に手を打つべきだな。」
確かにジョンは何でも見ていいと言ったが、そこに書類の類は含まれていない。下手をして面倒なことになると骨である。
ポアロは洗面台を戸棚も含めて隅々まで調べた後、濃い茶色の絨毯についたある沁みに興味を引かれたようだた。彼女はわたしを床に這いつくばらせると、こと細かに感じたことを報告させた。
床にはかすかなコーヒーの香りが染み付いていた。
ポアロは最後に、ココアを数滴ほど家から持ってきた機械の中に入れると、最初に寄りかかっていた扉の横へと戻っていった。
「この部屋でわたしたちが見つけた六つの興味深い出来事について、君の口から聞きたいね。」
わたしは驚いて答えるのが一瞬遅れてしまった。人の考えを聞くなど、およそポアロらしからぬ行動だったからだ。
「はい、分かりました。」
「一つ目は粉々になったコーヒーカップ。二つ目は鍵がささったままの文章箱。三つ目は床の染み──」
「以前からの染みじゃないの。」
「いえ、まだ湿っていましたし、匂いもありました。四つ目は、濃い緑色の布地の切れ端。」
「君がさっき封筒にしまったやつだね。」
「ええ、夫人のドレスのものかもしれませんが、調べてみる価値はあると思います。五つ目はこれです。」
そう言いうと、わたしは舞台俳優のような仕草で書き物机のそばの床に飛び散った蝋燭の蝋を指した。
「これは昨日ついたものです。でなければドーカスが掃除してしまったでしょうから。」
わたしたちはそれが暗示することを無言で共通し合った。ちょっと持って生まれた能力を使えば分かることだ。
「それで六つ目は、さっき採取したココアです。」
「別にそれでもいいけど。」
ポアロは何か含みを持たせたような言い方だった。
「やっばり、不正解にしておこう。ちょっとフェアではないけど、世の中そういうものだろ。」
彼女は部屋をゆっくりと見回すと、暖炉の方に焦点を合わせた。
「ひょっとしたら──ヘイスティングズ、君は自分が何をしているか分かってるのかい。」
「調査でしょ。あるいは、そんなことが分かる人間などいないのかもしれません。」
「卓見だね。ボクもそう思うよ。」
ポアロは暖炉の方に近づくと四つん這いになり、暖炉の灰を尻尾で慎重により分け始めた。
「ほら、わが相棒【モナミ】、何だと思う。」
器用に半分焦げた紙を灰の中から摘み上げると、彼女はわたしにそれを示してきた。わたしは首をかしげた。分厚い紙で、メモか何かではなさそうだ。ならば答えは一つしかない。
「遺言状の切れ端ですか。」
「正解。」
「驚かないんですね。」
ポアロはわたしをじろりと見た。
「予想通りだったからね。」
にこりともしない彼女に紙を返すと、切れ端はぞんざいな仕草でポアロのポケットの中に納まった。頭が混乱してきた。彼女の不機嫌な態度も気になったが、それ以上に色々な謎で頭が一杯だった。
「さてと、引き上げるとしようか。ドーカスとやらに訊いてみたいこともあるしね。しかし、実用に耐える文化女中器とは。」
その声は聞くからにうきうきしている。ポアロは大陸屈指の古機械のコレクターでもあるのだ。
出るときはアルフレッドの部屋を介したが、ポアロは中のものには一切触れず、ただ興味深そうに部屋の中を眺めていただけだった。わたしは何故か、彼女が見えないものと戦っているように見えた。
一階に降りていくと、ドーカスは庭に通じるフランス窓の前を掃除している最中だった。ポアロは朝日に輝く均整の取れた庭を一瞥すると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「実にみごとじゃないですか。あの三日月や菱形の植え込み、こういう美しさは大陸にはないものですよ。」
こちらの賛辞にも、ポアロはただ肩をすくめるだけだった。議論の余地はないということらしい。
わたしたちはドーカスを人のいない書斎【ラボ】に引っ張っていく。ポアロは椅子に座ると、横にはべらせたドーカスの頭の上に、自分の尻尾を優しく乗せた。
「ずいぶん長く務めたものだね。ドーカス嬢は勤続十年らしい。」
ドーカスから硬質な音が連続で響く。ポアロの体内を対流するナノマシンが、擬似的な神経系を両者の間に構築しているのだ。旧式の機械では警戒する暇すら与えられないだろう。
「ふむ、面白い。ドーカスの命令序列においてアルフレッドは底辺らしい。忠誠心のある使用人の目から見ても、彼は信用のならない男ということか。」
「彼が新参者だからかもしれませんよ。」
「それだって普通は、たまにくる庭師に負けないだろう。」
それ以上、彼を擁護する動機もわたしにはなかった。
「君が言ってた口論の記録を見つけた。三時過ぎか。全体的にデータが荒いな。シンシア嬢の干渉の余波か。初期の構造体問題の一つ、柔軟性の過剰というやつだね。うん?これはどう考えるべきかな。」
ポアロはわたしのことを忘れたかのように、ドーカスの内部に熱中している。その姿は新しい玩具を与えられた子供そのものだ。
「いや、しかし、古い機械の論理構造体というのは実に示唆に富むね。ボクは引退したら、構造体の改良に携わろうと思っているんだ。」
ふと我に返ったのか、ポアロは言い訳なのか願望なのかよく分からないことを口にしたが、検査の方も順調に進んでいるようだった。
「五時にも夫人に呼ばれている。手に持っているのは手紙、じゃないな。”男女の問題はほんとうに困る”ね。女史が機械に話しかけるタイプだったとは、年月の重みというやつか。」
先ほどより情報量は多くなったが、如何せん口頭の伝達では限界がある。後でわたしもドーカスの中身をのぞく必要があるかもしれない。
「やはり、夫人から文書箱の鍵を探し出す命令が出ている。昨日の昼か。そして、合鍵ね。」