二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

改・スタイルズ荘の怪事件

INDEX|21ページ/56ページ|

次のページ前のページ
 

ポアロは先ほど見つけた鍵を取り出すと、ドーカスのカメラアイの前に近づけた。ドーカスはまるで驚いたかのように振動する。
「これが失われた鍵というわけだ。さて、緑色の繊維。違う、それはシフォン。なるほど恐れ入るね。アーカイブにデータがない。」
その事実に何を思っているのかは、ポアロの顔だけでは判然としない。しかし、わたしにはポアロが徐々に得体の知れないものに絡め取られているような気がしてならなかった。
「睡眠薬。面白い、箱は空だった。飲む薬がない以上、夫人は今日薬を飲んでいない。実に素晴らしいロジックだ。ふむ、後は、留保されたタスクぐらいか。アニー──君の言っていた料理人か。いいぞ、コーヒーカップが洗われずにまだ残っている。」
尻尾をドーカスから離すと、ポアロはこのレトロな文化女中器に、アニーをラボに連れてくるように命令した。彼女は夫人の部屋での様子が嘘のような機嫌の良さで、わたしは先ほどから疑問に思っていたことを質問してみる気になった。
「夫人は睡眠薬を飲んでいたんですか。」
ポアロは何も言わず、厚紙で作った箱を取り出した。そこに睡眠薬が入れられていたと言いたいのだろう。
「どこでそんなものを。」
「イングルソープ夫人の寝室の洗面台でね。これがボクのリストの最後の一つというわけさ。」
「しかし、ナノマシンが体内にあるのに薬を飲むなんて、何の意味もないじゃないですか。」
ポアロは感心半分、憐れみ半分という表情でわたしを見つめた。
「おそらく。だが、簡単に説明のつくことだ。考え込むようなことじゃないよ。」
何か言い返そうとしたが、ラボに近づいてくるアニーらしき気配があり、私は機会を逸してしまった。
アニーは今回の事件そのものには大して感心がないようだったが、ポアロには興味をそそられている様子だった。片方の眼がまるで太陽のように強い光を放っている。クメルを食べるコミュニティというものも世界には存在するのだ。
「死ぬ御予定はおありですか。」
「ご期待にそえず残念ですが、ボクの遺体は統合政府が予約済みです。」
ポアロは事務的でそっけない口調で、アニーの問いを断ち切る。しかし、黙殺しないところを見ると、本人同士で通じ合うところがあるのかもしれない。
「必ずしも、そういう意味ではなかったのですが。そうですね、無枠なまねをしました。」
アニーはそういうと顔を赤らめた。
「お気にならずに。さて、夫人の部屋にココアがあったのですが、毎晩飲んでいたんですか。」
「はい。いつもお部屋にお持ちしていました。」
「中身は。」
「ミルクと砂糖。あとはラム酒ですね。」
「部屋まで運ぶのは。」
「わたしです。」
「いつもですか。」
「はい。」
「厨房で作って、すぐに持っていくわけですか。」
「いいえ。早めに作っておきます。一度は二階のテーブルに誰でも飲めるように置いておくのが習慣ですから。」
「昨夜は二階に何時に持っていきましたか。」
「七時十五分ごろでした。」
「では夫人の部屋に運んだのは。」
「八時でしたね。」
「すると、七時十五分から八時の間、ココアは二階に置かれていたわけだ。」
「そうです。」
二人の質疑応答は恐ろしく早く、加えて淀みが全くなかった。そして、一瞬だけ間が空いたかと思うと、申し合わせたかのようにすぐさま会話が再開された。
「わたしはココアに塩なんて入れてません。」
「どうして塩が入っていたと思うのですか。」
「「お盆に塩がこぼれていた」からです。」って。」
二人の声が重なった。
「はい。料理用の粗塩だと思います。二階に持っていくときには気づかなかったのに、部屋に運ぶときなったら目に止まって。入れなおそうかとも考えたんですが、時間がなくて。それで、エプロンで塩を落として、持っていきました。」
わたしは「料理用の粗塩」という言葉に対して興奮を抑えるのに苦労したが、ポアロはいたって冷静な様子だった。流石はたいした自制心だ。しかし、次の質問には拍子抜けだった。
「夫人の部屋に入ったとき、ミス・シンシアの部屋との扉は施錠されていましたか。」
「はい。もちろん。いつも閉まっていますから。」
「ミスター・イングルソープの部屋との扉は、どうです。」
「分かりません。扉は閉まっていましたが。」
「あなたが部屋を出た後、夫人は廊下側の扉の鍵を下ろしましたか。」
「いいえ。ですが、夜は鍵をかけることにしているようです。」
「昨日、部屋の床に蝋がついてることに気づきましたか。」
「いいえ。」
「もし床に蝋が垂れていたら気づいたと思いますか。」
「はい。」
「夫人は緑色のドレスを持っていましたか。」
「いいえ。」
「屋敷の人では。」
「いいえ。」
「確かですか。」
「確かです。」
「トレビアン。」
ポアロが賛辞を送ったときには、すでにアニーはラボを出るために歩き出していた。まるで最初から質問の数が分かっていたとでも言わんばかりの、自信に満ちた足取りである。その後ろ姿にポアロは小さく何かを呟いた。アデュー。そう言ったのだと思う。
「しかし、凄い発見ですね。」
「そんなものあったかな。」
「毒はココアに盛られていた。それで全ての説明がつくじゃないですか。」
「ストリキニーネのココア割りね。本当にそう思ってるのかい。」
「当然ですよ。なんでココアに塩を振り掛けるんです。」
「人の好みは千差万別だと思うけど。」
わたしはポアロが調子を悪そうにしていたのを思い出した。この事件を解決するまでに、英雄の復活を期待するのは望み薄のようだ。彼女はつまらなそうな目でわたしを眺めた。
「不満がありそうだね。」
「わたしが英雄を指図するなどありえませんよ。この心身の隅々まで貴方がたの自由なのですから。」
「見上げた心がけというべきなのかな──」
ポアロはそこで言葉を切ると、両手を勢いよく叩き合わせた。その姿は、まるで何かを断ち切ろうとするかのようだ。
「さてと、部屋にはもう用はなさそうだ。ラボというわりには、目ぼしいものは何もなかったね。」
そう言って部屋を去ろうとする彼女に、わたしはついさっき屑箱の中で見つけた古びた封筒を差し出してみた。わたしも中身を確認していないそれを、ポアロは嫌々という様子で受け取ると、一瞥したとも思えない速さでわたしの方に投げ返して来た。
こちらで確認したところ、握りつぶされた封筒には、脈絡のない走り書きがいくつか並んでいるだけだった。
「あくま。とりつかれた。貴方の好きそうなオカルトじゃないですか。」
「君が言うのは違う意味でならね。」
「何か事件に関係あると思いますか。」
肩をすくめると、彼女は尻尾を使ってわたしの手から封筒を奪った。
「大局には影響しないよ。放っておけばいい。」
その言葉通り、古びた封筒は再び屑箱へと放り込まれてしまったのだった。