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改・スタイルズ荘の怪事件

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5,0章


「さて、コーヒーカップを調べにいこうか。」
「ココアじゃなくてですか。」
「オ・ラ・ラ。ココア、ココアね。」
ポアロはふざけた調子で言った。彼女の尻尾が何度も床を叩きつけている。こういう風に地面を打つのは興が乗っている証拠なのだ。
「いずれにしても、夫人は自分でカップを運んだんです。いまさら何が見つかるとは思えませんよ。まさか、盆の上に薬方が載っていると考えているわけではないでしょう。」
ポアロはさらに尻尾で床を痛めつけると、親しげに腕をわたしの腕に絡めつかせてきた。
「まあ、機嫌を直して。きみのココアをないがしろにするとは言ってないだろう。ボクのコーヒーカップを尊重してくれれば、ココアだって悪いようにはしないさ。1対1だ。互いに少数派に敬意を払おう。民主的にね。」
民主的という言葉が妙にツボにはまり、わたしは笑ってしまった。エルキュール・ポアロを前にしては平等も民主的もゴミみたいなものだ。それから二人で客間に行き、昨夜のまま放置されていたコーヒーカップを見つけた。
わたしたちはドーカスから得た情報を元に、それぞれのカップの位置を再確認した。
「なるほど。二つの記録は一致している。それで、アルフレッドのカップはどこだい。」
「あの人はコーヒーを飲まないようです。」
「それで全て説明出来るな。さて、いちよう念のため。」
ポケットから出された小型の機械の中に、それぞれのカップの底からコーヒーが一滴ずつ入れられていく。即座に出た検査の結果を見るポアロの顔は、当惑と安堵が半々という感じだった。
「まあ、どうだっていいか。」
それだけ言うと彼女は軽く上耳を動かした。まるで、ずっと引っかかっていたものを頭から追い払おうとするかのようだ。コーヒーカップのような瑣末のことに固執するからだとわたしは思ったが、思うだけに止めておいた。
そこにジョンがホールの方から入ってきた。
「朝食の用意が出来ましたよ。」
わたしと話す間、相変わらずポアロの方は一瞥もしない。しかし、会話の端々からポアロの分も用意されているらしいことは窺えた。どうやらポアロはわたしの部屋で朝食を食べるという形になるらしい。ポアロはそんなジョンの配慮に感動に打たれたというようなジェスチャーをしている。
ジョンは朝から忙しいようだった。イブリン・ハワードのような夫人に親しかった人々に連絡を取ったり、新聞に載せる死亡報告を書いたり、法的な手続きの準備をしたり、わたしなら永遠に遠慮したい雑事に忙殺されているのだ。
「進展状況をうかがいたい。捜査は母の自然死と、あるいは、もしくは、最悪の事態のどちらを──」
「下手な希望は抱かないのが御身のためかと。」
ポアロは深刻な調子で言った。場に緊迫した空気が漂う。一瞬の沈黙を嫌うかのように、ジョンはすぐさま言葉を続けた。
「これからミスター・イングルソープと朝食を共にするわけだが、なんともね。」
「よく分かります。殺人犯かもしれない人間と食事をするなんてね。」
わたしは同情をこめて頷く。そして、ポアロに促されるまま、ジョンに質問をした。
「ところで、一つうかがいたいのですが、昨夜ミスター・イングルソープが帰宅しなかったのは、玄関の鍵を忘れたからでしたね?」
「ええ」
「それは確かなんでしょうか。つまり、彼は本当に持って出なかったのか疑問に思いまして。」
「言われるまで、確かめようと考えたこともなかったな。いつもホールの引き出しに入っているんですが。」
確認しに行こうとするジョンを、わたしは人受けのよい笑みを浮かべながら引き止める。
「それには及びません。ちゃんと引き出しにありますよ。たとえ持って出ても、戻しておく時間はいくらでもありました。」
「ですが、あなたの考えでは」
「いえ、何か考えがあってのことではないんです。もし彼が朝戻る前に、鍵がそこにあったら、彼にとって都合がいいだろうと思ったまでで。」
ジョンは納得がいかない顔をしていた。無理もない。わたしもポアロの真意がよく掴めていないのだ。
「どうぞお気になさらずに。頭を悩ますようなことではありませんよ。さて、朝食に向かいましょうか。」
食堂には既に全員が集まっていた。この状況では、陽気な食卓を望むべくもなかったが、わたしにはこの静謐さが何とも白々しいものに思えた。たぶん、彼らが故人の死に耐える態度が、食堂の隅に佇むポアロを無視する挙措と重なったからだろう。
アルフレッドだけが例外的に、妻の死を嘆く傷心の夫らしく振舞っていたが、その目は何度もポアロの周辺を物言いたげに見ていた。出て行けと言いたいのだろうが、ポアロはそれを完璧に無視していた。
食卓の上座に座るメアリの方に視線をやると、調子外れで落ち着きがなく、実に分かりやすい彼女がいた。深い青色のドレスを着たメアリは、しまいには自分の利き腕すら間違えそうなくらい動作が冴えなかった。まだ早朝の動揺が残っているのだろう。
メアリのような優しい女性に、このような事件で心を乱すなと言う方が酷である。しかし、ドレスが地味なせいか、今日の彼女の髪は一段と美しく感じられ、わたしは妙に感心してしまった。滲み出る美というのは、こういうことを言うのだろう。
「自分を上手く飾れる女を信じるのは愚策だよ。」
ポアロはそれだけ耳元で囁き、また部屋の隅に戻っていった。
食事を終えて何気無しに周囲を眺めていると、わたしはシンシアに注意を引かれた。彼女がどこか気分が悪そうに見えたからだ。気のせいか、そのゴーグルも曇っているように感じられる。
「ミス・シンシア、具合が悪そうにお見受けしますが。」
「ええ、とてもひどい頭痛がするんです。」
「コーヒーをどうぞ。頭痛にはこれが一番ですよ。」
わたしはさっと立ち上がって彼女のカップを取った。
「お砂糖はなしで。」
必要には見えないがダイエットだろうか。
「砂糖なしで?健康上の理由か何かですか?」
「いいえ、もともとコーヒーには入れないんです。」
部屋の隅でポアロが小さく口を動かした。気になって見ていると、彼女は表情こそいつもと変わらなかったが、その瞳は鋭く収斂し、獲物を見つけた猫の目のように緑に光っている。彼女の目の色は、正確には限りなく黒に近い緑なのだ。
しかし、わたしとて軍属として必要以上の注意力を持っていると自負していたが、正直なところ、何か興味をひかれるようなことがあったとは思えなかった。
そのとき、ドアが静かに開き、ドーカスが来客を告げた。ジョンはすぐに立ち上がった。
「わたしの書斎にお通しして。」
彼は短く命令を発すると、わたしの方に顔を向けた。
「母の弁護士ですよ。この一帯の行政官でもあるんです。なんなら、同席されますか?」
ポアロが小さく頷くのを見て、わたしは是非にと言った。ジョンについて食堂を出ると、彼はわたしたちと露骨なほど距離を取った。クメルの同類と思われたくないのだろう。わたしは小声でポアロに話しかけた。
「やはり検死審問が開かれるんですかね。」