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改・スタイルズ荘の怪事件

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ウェルズは流れるような口調でまくし立てた。大陸でもこの調子で、多くの反論をねじ伏せてきたのだろう。止めるものがいなければ、ずっと持論を展開しそうな気配である。
ジョンは弱々しい声ながら、その演説をせき止めた。そして、驚くべきことにポアロに向かって礼を述べた。
「深い意味があろうとなかろうと、事実を明らかにしてくださったことにはお礼を申し上げたい。貴方が教えてくださらなかったら、母の遺言状の件を私は知ることがなかったでしょう。」
その言葉を受けて、ポアロは深々と一礼した。ジョンはもっと何かを言うつもりだったのだろうが、ちょうどそのとき外からエンジンの大きな音が聞こえてきた。一斉に窓の方に目を向けると、一台の車が人を降ろして走り去ってていくところだった。
「エヴィだ。ちょっと失礼しますよ。」
ジョンは急いで書斎から出ていこうとする。確かに窓下にいたのは、漆黒の喪服に身を包んだエヴリン・ハワードその人だった。
「よかった、来てくれて。知恵も情もある女性はいるものです。神さまは愛想だけはくださらなかったが。」
ジョンが慌しく部屋を去った後、ポアロは何か言いたそうにこちらを見てきた。
「ミス・ハワードですよ。」
わたしは普通の口調で説明した。
しばらくしてホールに行くと、ミス・ハワードは頭からかぶった古風なベールを外そうとしているところだった。彼女の泣きはらした瞳と目があった瞬間、わたしは思わず目を逸らしたくなった。あの警告を少しでも気にとめていたら、別の結果があったかもしれない。もし彼女があのままスタイルズ荘で暮らしていたら、あの惨劇は起きなかったかもしれないのだ。
忸怩たるものを感じていたわたしに、エヴィは再びあの力強い握手をしてくれた。こちらに向けられた目は悲しそうだったが、非難の色は全くなかった。青い目は充血して真っ赤だったものの、物腰は相変わらず機敏で、話し方には愛想がない。
「電報が来た。車を雇った。一番早いから。」
「朝食は食べたかい。エヴィ?」
「いいえ。」
「だろうと思ったよ。こっちに来て、お茶を入れさせるよ。」
優しい口調でそれだけエヴィに言うとと、ジョンはわたしたち二人の方に視線を向けた。
「ミスター・ヘイスティングズ、ウェルズを待たせているので、ここはお任せしてもよろしいですか。」
エヴィはポアロの存在に対して何の反応も示さなかったが、首だけでジョンの方を見ると疑問を口にした。
「説明して。」
「捜査をお願いしているんだ。」
「捜査なんて不要。あの男を捕まえるだけ。」
「捕まえるって誰を?」
「アルフレッド・イングルソープ。他の可能性なんて無い。」
「まあまあ、エヴィ、早まるもんじゃない。心臓発作って可能性だってあるだろう。」
「馬鹿馬鹿しい。」
エヴィは一蹴した。
「アルフレッドがエミリーを殺す。警告していた。いつも。」
「エヴィ、落ち着いて。誰を疑うにせよ、今は口を慎むんだ。検死審問は明日だから。」
彼女が静かに激昂していることが、こちらにまで伝わってきた。エヴィの針の様に細い白髪が、その怒りで全て逆立ち、ジョンを串刺しにしたとしても、わたしは特に驚かなかっただろうが、現実には彼女はいつもの口調で言い捨てただけだった。
「無意味。あの悪魔は逃亡する。死刑に決まっているから。」
ジョンはどうしようもないという風に頭を振った。
「恥を知りなさい、ジョン・カヴェンデッシュ。」
「わたしにどうしろっていうんだ?印象だけで彼を司法に突き出すわけにもいかないだろう。」
その口調にジョンの内心を感じ取ったのか、エヴィもそれ以上は彼を追求しなかった。二人のやりとりをちょっと聞いただけで、エヴィとアルフレッドの間に立って、この屋敷の平穏を保つのが骨の折れる作業なのは想像がついた。
ジョンの人の良さは、そこで鍛えられたのかもしれない。しかし、本人もその立場を歓迎してはいないのだろう。逃げるように食堂から出ていってしまった。
少ししてドーカスが入れたてのお茶を運んできた。エヴィと向かい合うように座ると、ポアロは重々しい口調で切り出した。
「マドモアゼル、お願いしたいことがあるのですが。」
「お願い?」
「お力を貸していただきたいんです。」
「あの悪魔を絞首刑に出来るなら。絞首刑では足りないけど。八つ裂き。八つ裂き。」
「意見が一致しましたね。わたしもこの事件の首謀者にしかるべき制裁を与えたいんですよ。」
「アルフレッド・イングルソープを?」
「彼か、あるいは別の者か。」
「他の人のはずがない。エミリーは生きてた。あの男が来るまで。」
ポアロは意味ありげにわたしの方を一瞥した。君が来るまでという考え方も出来るね。そう言いたいのかもしれない。しかし、そんなことはおくびにも出さず、彼女の口から出る言葉は真摯で説得力に溢れていた。
「信じてください。エヴィ、たとえ誰であったとしても、ボクから逃れることは出来ません。我が名誉にかけて、犯人を夢枷の方がマシだという目に合わせてやります。」
エヴィはおそらく熱のこもった口調で言った。
「それは素敵。」
「そのためにもボクを信じてもらわなければなりません。あなたのような人の協力は貴重です。夫人の死に涙せぬ人々の中にあっては。」
涙をこらえながら、エヴィは故人を惜しむように喋り始めた。
「彼女のことが好きだった。エミリーは傲慢で、根っからの王様気質。有り余る富で、沢山の臣下を侍らせていた。だけど、友達になりたかった。施しを拒んで、自尊心を保って、ずっとずっと彼女の傍にいたの。あの男が来るまで。」
ポアロはさも同情したかのように頷いた。
「あなたの気持ちはよく分かります。貴女にはボクたちのやり方は生ぬるいと感じられるかもしれません。ですが信じてください。」
そのときジョンたちが食堂に入ってきて、二階の夫人の部屋の鍵が欲しいと声をかけてきた。部屋の鍵はポアロが持ったままだったのだ。せっかくなので、わたしたちも二階について行くことにした。
階段を上りながらジョンは小声でいった。普通に喋っても食堂に届きはしないのだが。
「大丈夫かな、あの二人が顔を合わせても。ドーカスにも、二人を鉢合わせないように命令はしておいたんだけど。」
わたしは何も言わずに首を振った。ジョンがわたしから受け取った鍵で扉を開けると、ジョンと弁護士はすぐに机に向かった。
「母は大切な書類は、この箱の中に入れていたはずです。」
ポアロはポケットから小さな鍵の束を取り出した。
「これが箱の鍵です。」
「大丈夫、鍵はかかっていませんよ。」
ジョンは紫色の文章箱の蓋を開けた。
「そんな馬鹿な!」
ポアロは目を見開いた。そして何故か、すぐにまた目を見開いた。
「では鍵が壊れているんでしょう。」
箱に触りもせずにポアロは言った。わたしたち三人は箱に近寄り、その指摘が事実であることを確認する。
「しかし、誰が?」
「加えて、何故?」
「そして、何時?」
誰もが疑問を叫ぶ。
ポアロはそれに次々と答えていったが、視線はどこにも焦点を結ばず、見るからに心ここにあらずという感じだった