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改・スタイルズ荘の怪事件

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「なるほど、君がそう言うなら、そうなんだろうね。」
それだけ言うとポアロは上着を脱いで、エールを胃へと流し込んだ。
「君も楽な格好に着替えたまえ。今日の公用は終了だ。」
「それは出来ません。わたしの任務はあなたの護衛ですから。」
「護衛ね。そう解釈したんだ。相変わらず真面目だね。」
彼女は楽しそうに笑った。たったそれだけのことで、部屋の空気が一変する。部屋にはわたしが是が非でも避けようと思っていた気配が漂っていた。正確に言うならば、彼女の総合外交技巧【メイズ】によって、わたしの思考がそういった方向に強制されているのだ。
統合政府の内ですら習得した者は十人いないと噂されるこの特殊な肉体言語による暗示にかろうじて抗えるのは、わたしに埋め込まれた心理障壁のお陰に過ぎない。
それでも、ポアロの首から蝶ネクタイが抜き取られる衣擦れの音に、わたしは耐えられず唾を飲み込んでしまう。
「別にいいんだよ。」
ポアロは誘うように嘲るように、こちらを楽しげに見つめてきた。わたしはポアロがワイシャツに手をかける前に、何とかその場で半回転することに成功した。これ見よがしの溜息の音が一つして、しばらくすると調子外れな鼻歌が聞こえてくる。曲目はインディアンが出てくる楽しげな数え歌だった。
曲が二週目入ってから少し経って、わたしの軍服に引っ張られる感触があった。どうせ無駄なので振り向くと、シミーズのような部屋着に着替えたポアロが立っていた。彼女がその場でくるりと回る。
特殊な繊維で織られたらしき部屋着は、着ている者の動きに合わせて色合いを変えていく。鑑賞者の視線を計算して、最適のパターンをその場で作り出していくインテリジェント・ウェア。どこから見ても美しいという衣服としての一つの究極形だ。
わたしは見惚れて案山子のようにポアロの前に立ち続けた。ちなみに二十三世紀になっても案山子は英国の一部の地域では現役である。
「見惚れてくれるのは嬉しいけど、感想の一言くらいは統合政府市民のマナーじゃないの。」
そこそこ高かったんだよ。ポアロは口を尖らせながら、新しく出してきたワインをグラスに注いでいる。確かに美しくはあったが、軍人のわたしに口の上手さを期待するのは酷というものだろう。
英雄にも計算違いというものがあるらしい。そんなことを考えていると、ポアロは急に眉をひそめた。思考を読まれたかと思った次の瞬間、その手にあったワインボトルが急に宙に舞った。
わたしは慌てることなく完璧な状態でキャッチしたが、もし一歩間違えればワインの味を損なっていたかもしれない。わたしからすれば本物のブドウから作られているだけで最高級品だが、大陸でも屈指の美食家の舌には合わなかったらしい。既に次のボトルがその尻尾に握られている。
「物好きだね。それじゃあ乾杯でもしようか。」
「別に構いませんが、何に対してですか。」
「ボクたちの運命を祝してかな。」
ポアロはちょっとだけ首をかしげてみせた。
沈黙。乾杯。そして沈黙。
わたしは喋るのを避けようとちびちびとワインを舐める。ふと目線を上げると、椅子に座ったポアロの動きに合わせて服の色合いが変化していた。そして、それはこちらの視線を反映してまた色を変える。その瞬間、わたしは自分が罠にはまったことを知った。
ワインを飲み終わるまでの間、ポアロもわたしも一言も言葉を発しなかった。彼女の動きとわたしの視線が服の上になまめかしい色を描き出し、その色がポアロに次の動作を促していく。
彼女はこれが健全な遊戯かのように邪気のない笑みを浮かべていたが、その落差がわたしの脳髄をさらに炙る。十五分にも満たない時間が信じられないほど濃密に感じられ、もはや頭の中は彼女の色で埋め尽くされてしまっていた。
「気に入ってくれて良かったよ。」
ポアロはグラスを飲み干すと、ベッドまで行きカバーを剥ぎはじめた。このスイーツにある三つの寝所の中で一番大きなベッドである。
「ポアロ、寝るにはまだ早いと思うのですが。」
わたしのかすれた声が部屋に空々しく響く。
「大丈夫だよ。寝るための準備じゃないから。」
では何のための準備かと聞く気にもなれず、わたしは近くに備え置かれていた葉巻に火を灯した。およそ毒素の全てを強制排出する器官を体内に入れている以上、飲酒も喫煙も意味もない過去の名残に過ぎない。そういえば、タバコの類を吸い始めたのは妹が居なくなってからだっただろうか。ポアロの華奢な背中を眺めながら、そんなことを思う。
寝床の仕度を終えると、ポアロは次に風呂の準備に取り掛かった。十人は入れる大きな浴槽だが、湯ではなくナノマシンを含んだ薬物ゼリーを張る大陸式なので準備も入浴も一瞬で終わってしまう。
湯浴みを終え浴室から戻ってくると、ポアロはキングサイズのベッドの上に寝そべりながら足をバタバタと振り始めた。聞こえるような小声によると、足の疲れが限界なのだそうだ。ここまで来て、そんな児戯を披露するのも間違いなく計算だろう。そうと分かっていても、その姿に思うところは無にはならない。
自分が彼女にマッサージの申し出をしたのは、明日の円滑な任務遂行のための軍人としての判断だったはずだ。もはや暴力的であるシミーズとそこから見える細い足は判断の一要因に過ぎない。
「君がそう言うなら、そうなんだろうね。」
ポアロの黒々した尻尾はシーツの白によく映える。