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改・スタイルズ荘の怪事件

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ポアロが目的地で降ろすと、わたしはロンドンへととんぼ返りした。そこで一週間ほどリッツのルームサービスの数々を堪能した後、ロンドン駅から列車に乗り込み、スタイルズ・セント・メアリ駅までの一人旅と洒落込んだ。
このような二度手間を取った訳は幾つか存在するが、ポアロの芝居っ気が一番の理由だろう。もちろん、それに正当な理由があったからこそ、わたしも彼女の案を飲んだのだが。
車の旅より幾分か快適な列車の旅を終えて、わたしは一週間前に車の中から眺めたスタイルズ・セント・メアリ駅のホームを踏みしめた。周りの豊かな緑を見た限りでは、この駅が未だに廃止されていないのはイングルソープ家のお陰と考えて何の問題もないようだ。
しばらく駅の外から人による改札を物珍しく見ていると、わたしの前に一台のベントレーが停止した。前もってロンドンから手紙で今日の到着を告げてあったのだ。
車の中から出てきたのは活力に漲った紳士だった。ジョン・カヴィンデッシュ、イングドソープ夫人の義理の息子にあたる男である。
「ヘイスティングズさんですね。お待たせしてしまったなら申し訳ありません。英国の列車というやつは、どうにも時間に正確というわけにはいかないもので。」
「お気になさらないで下さい。七月の陽気を堪能しましたよ。大陸の四季は本当に形ばかりなものですから。」
「気候管理技術についてはボンヤリとしか覚えていないのですが、そんなものですか。」
前もって調べた情報によればジョンは三十四歳、英国占領が二十五年前だから、彼はかなり正直な人間らしい。英国人の中にはやたら閉鎖前の記憶を誇張する人々も存在するのだ。
「わたしが粗野な男だからかもしれません。安全ではなく刺激が無いと感じてしまう。基準値が壊れているんですね。」
和やかに初対面を終えると、わたしは助手席に乗り込んだ。
「しかし、大陸からわざわざ母を訪ねてくる方がいるとは思ってもみませんでした。」
ジョンは心底驚いたという口調で言った。そこには同時にわたしの来訪に対する疑念も込められていた。政府内部の腹芸に晒されている身としては、このような分かりやすさは何とも心が安らぐ。年上ながら、わたしはこの正直な紳士に少しばかりの好意を覚えた。
「知っているかとは思いますが、つい最近、母は再婚しまして。」
もちろん知っていた。再婚の相手はアルフレッドといって、いわゆる若いツバメである。義理とはいえ母親が自分より若い男と結婚したのだ。ジョンの心中は中々に複雑だろう。
「そのようですね。わたしもアルフレッド氏には少なからず興味があります。」
「やはり、そうですか。」
「夫人の台所事情については、わたしにも思うところがありますから。」
嘘ではないが、わたしがジョンの勘違いを助長するような印象を与えたのは否定できないだろう。ジョンは英国人らしく、夫人の財産の根源は大陸との交易にあると考えているようだ。
まして再婚したばかりの夫人のところに、大陸からの人間が急に訪ねてきたとなれば、その誤解が更に深まるのは無理もない。彼のような人を騙すのは心が痛むが、目的のためには必要なことだと割り切ることも大切だ。
「アルフレッドは母の社会福祉の仕事をよく補佐しているとは思います。ですが、イングルソープの家に相応しいかと言えば、私には疑問ですね。」
「なるほど。お分かりかと思いますが、私は一人の人間の意見だけを受け入れることは出来ません。ですが、あなたは誠実な人のように思えます。十分に参考させて頂きます。」
わたしが慣れない舌先三寸を駆使していると、車は石造りの門の前へと到着した。門とは言っても、イングスソープ家の領地は広大で、その全てをぐるりと囲い込む壁があるわけではない。あくまで形式的に内と外を区別するための門である。
そこから五分ほどして車はスタイルズ荘に到着した。近くから見ると、屋敷は古ぼけたところもあるが威厳を感じさせる造りだった。
屋敷の前の花壇を世話していた白髪の女性が、車に気づいて近づいて来た。かなり華奢な体格をしているが、動きは機敏で、身体を道具として酷使することに慣れた人間のようだ。それを示すように薄く日焼けした顔の中にある青い瞳は、素朴な力強さに溢れている。
「暑いんだ、帽子くらい被ったらどうだい、エヴィ。見てくれ、大陸から英雄をお連れしたよ。ミスター・ヘイスティングズだ。こちらはミス・ハワード。」
「問題は水の方。太陽のことより自分に気を使う。夏の鉄則。」
なんともぶつ切りの喋り方だが、別に歓迎されていないわけではないらしい。握った手にこもる心地よい力強さが、彼女の気持ちを存分に伝えてくれていた。ジョンの様子から見ても、生来このような口調なのだろう。
「勉強になるよ、エヴィ。みんなは何処にいるのかな?わたしたちもお茶のお相伴に預かりたいんだけど。」
「裏庭。」
「君も一緒にどうだい。働いた者は食うべきだって昔から言うだろ。」
ジョンは楽しそうに言った。
「そうね。」
ミス・ハワードは丹精に整えられた花壇に目線を移す。
「悪くない。」
彼女に案内されて屋敷を半周すると、そこには一本の大樹が聳え立っていた。
「楓ですよ。屋敷より古くからあるものなんです。」
その楓の木陰に用意されたテーブルから、誰かが立ち上がるとこちらに向けて歩いてきた。
「メアリ、こちらはヘイスティングズ中尉。かあさまを訪ねて遠路はるばる大陸からいらっしゃったんだ。」
「まあ、こんな遠くまで大変だったんじゃないですか。遠慮せずに座って下さい。すぐにお茶入れますから。」
ジョンの妻であるメアリは魅力的な人物だった。実に鮮やかな栗毛の持ち主で、その表情からは善良さが滲み出ている。身内向けに少しばかり慎みを取り払った彼女の若葉色のドレスは、目の毒という言葉を絶えず想起させるほどよく似合っていた。
その向日葵のような笑みと豊満な胸に、男子であれば一度は視線を釘付けにされなければ嘘というものだ。
笑って許されるうちに視線を紳士らしい振る舞いに戻すと、ゆったりと椅子に腰掛ける。わたしは、この憂鬱な仕事における気晴らしを見出した気分だった。
メアリと話してみると、その気持ちはさらに強まった。彼女は決して才走っているわけでも、冗談に長けているわけでもなかったが、客人に気持ちよく話させる術を心得ていた。
つまり、こちらの話を真剣に聞いてくれるのだ。メアリの顔がこちらの話で次々に変わっていく様が楽しくて、自分でも驚くほどの愉快なエピソードが紡がれていく。わたしが一息ついて、次にそなえ紅茶で口を湿らせていると、そこに資料で聞いた声が響いてきた。
「細かい条件の方はそっちに任せる。舐められないことは大切だけど、恐れられても駄目だよ。ボクは別に王様になりたいわけじゃないんだから。あとは記念図書館の名前か」
「ジョージではどうでしょう。」
「悪くないね。ボクの前の結婚相手も確かそんな名前だったよ。アルフレッド、きみは本当に目端が利くな。」
屋敷のフランス窓から出てきたのは、薄藤色のブラウスの上に白衣をまとった神経質そうな女性だった。