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改・スタイルズ荘の怪事件

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ところどころ白い筋の入った金髪は後ろで無造作に束ねられ、彼女の持つ鋭利な空気を更に確かなものにしている。大きめの紅玉がついたヘアピンが前髪をとめていたが、それが化粧っ気のない彼女と世界との妥協点なのだろう。その彼女の後を追うように薄褐色の肌をした男が一人付いてくる。
イングルソープ夫妻だ。ここにいる全員が政府のナノマシンを定期摂取していないため、使い慣れた自動人証システムは使えないが、この距離なら間違いようもない。ミセス・イングスソープはわたしを一瞥すると、見るからに嫌そうな顔でこちらを見てきた。
「本当に来たんだ。理解出来ないな。オレがエミリーで、これが夫のアルフレッド、以上。」
それだけ言うと、エミリーは無造作に椅子に座り、黙って紅茶を一杯、二杯と飲み始めた。
わたしはこれ呼ばわりされたアルフレッドを興味深く見つめた。確かに、この場では少しばかり場違いな男ではあった。眼鏡に隠された顔は確かに彫像のように精悍だが、顔半分に黒々と茂ったヒゲはどこか粗野で、この古風ながらに洗練された屋敷には不似合いのように感じられる。
しかし、その屋敷の主人であるエミリーが紅茶を飲みつつ、隣に座ったアルフレッドのヒゲで遊んでいるのだから、わたしが何か言う筋もないのだろう。二人の関係は夫婦というよりは主人とペットという方が適当に見えたにしても。
「お目にかかれて光栄です。ミスター・ヘイスティングズ。」
エミリーにヒゲをいじられることより大切なことなど何も無いとでも言うように、アルフレッドは椅子に座ったまま気のない挨拶をこちらにしてきた。
「エミリー、パウンドケーキはどうです。」
甲斐甲斐しく面倒を見る夫と、好きなようにさせている妻。夫婦の形は人それぞれだ。
二人が現れたとたん、茶会の席にはそれとない緊張感が出現していた。しかし、エミリーはそれに気づいていながら、むしろ楽しんでいる様子だった。歴戦の英雄にとっては家庭内の些細な不和など、紅茶の味を増す隠し味に過ぎないのかもしれない。
エミリーは家の主として失礼がない程度に会話に参加していたが、場を仕切っているのはアルフレッドだった。
「軍人だとお聞きしましたが、ミスター・ヘイスティングズ。」
うさんくさいほど爽やかな声というのは、きっと彼のような声を言うのだろう。
「正確には違うのですが、事実上はそうですね。」
「事実上ですか。事実上。」
「統合政府の内側にいる人間でも、よほど高位でない限り、自分の正確な立場など分かりませんよ。何といっても巨大な組織ですからね。」
「これは失礼しました。別にこの地なら軍人殿の口も軽くなるだろうなどと思ったわけではないのですが。罰則ものですかね。」
「お気になさらずに。軍務以外で規律の遵守を求めるほど堅物ではないつもりです。」
「それじゃあ、外のことを聞いてもよろしいですか。」
メアリは身を乗り出すように訊ねてきた。
「もちろん、防衛上の機密に関わらない程度でよろしければ。」
「うーん、その程度の分別も付かないように見えます?」
「自分への制約というやつです。美人には口が軽くなる癖があるもので。」
「わたしはともかくとして、確かにアルフレッドさんは美人ですよね。向こうには色々な姿の人がいるって聞いたんですけど、そういうのってどんな感じがするんですか。」
「変な感じがしないと言えば嘘になります。わたしの同僚にも、腕が六本生えているのがいるんですが、彼を見ていると背中のあたりがムズムズしますよ。ですが、衝撃を受けるのは最初の一、二回です。もちろん、例外はありますが、慣れるものですよ。やはり、人を何度でも驚かせるのは姿形ではなくて、ここです。」
わたしは自分のこめかみを指でノックしながら言った。
「それは興味深いね。オレもかつては大陸を代表する碩学だったわけだから。」
「また、かあさんは。本当に大陸から来た人にそんな法螺を吹いても笑われるだけですよ。」
夫人は肩をすくめた。
「これだよ。まったくオレの息子は母への敬意が足りんね。失礼。話を続けて。」
「昔、第八地区──旧フランス周辺ということですが、そこである人物に出会ったんです。極めつけの悪党で、わたしは密輸関係の仕事を共にしたんですが、すっかり感心してしまいました。かなり特徴的な人物ですが、すばらしい知性の持ち主なんです。」
「面白い■■■■は好き。」
ミス・ハワードが小声で何か呟いた。
「非現実的。だけど興味深い。」
「現実に迷宮入りした事件もかつては沢山ありましたよ。」
「警察のことじゃない。嘘は誰も真相に気づかないこと。家族。親しい人の目はごまかせない。」
「それなら、あなたは現実に起きた未解決の事件というのは、誰かが真相を隠蔽したせいだとお考えになるわけですね。」
「よくあること。」
「何も身内に犯人がいると決め付けなくてもいいんじゃないかしら。現実なら、愉快犯という可能性もあるでしょう。例えば、無作為に毒を入れるとか。」
メアリのどこかズレた意見に、わたしは少しだけ冷たいものを覚えた。こういうタイプが戦場では躊躇なく人を殺したりするのだ。
「現実と虚構をごっちゃにするなということだよ──ふん、我ながら退屈な訓示だな。オレも歳か。」
「エミリー、あなたは老いとは無縁です。」
アルフレッドは至って真面目な調子で言った。
「そんな人間がいたら是非見てみたいものだね。おや、お姫さまのお帰りだ。」
夫人の言葉に反して、芝生を横切ってこちらにやって来たのは、薄汚れたつなぎを着た若い女性だった。
「シンシア、お客様の前でその格好はどうかと思うんだけど。」
油汚れのついた作業着を見て、メアリは首を弱弱しく左右に振る。
「ここまで来て、挨拶もしない方がよっぽど間抜けだよ。こちらはミスター・ヘイスティングズ。そして、こっちがオレの寵姫、ミス・マードックだ。」
シンシア・マードックは少しだけ亀に似ていた。黒くもっさりとした長髪を後ろで三つ編みにしたてあげ、目には顔の半分を覆う作業用のゴーグル。カップを受け取る手こそ白く繊細だったが、全体的には何とも色気のない女性である。
シンシアは芝生に直接腰をおろすと、わたしへの会釈もそこそこにサンドイッチを食べ始めた。どうやら彼女にゴーグルを外すという概念はないらしい。
「タドミンスターの工場で働いているんですって、ミス・マードック。」
シンシアは無言で頷く。
「女性が働くには大変な職場のように思いますが。」
「エミリーおばさまの工場ですから。」
彼女の声音には、わずかな誇りと尊敬の念がこめられていた。
「シンシアはボクの工場を全部取り仕切ってるんだ。実に有能だよ。」
「それは凄い。どれだけの人間を溶鉱炉に叩き落してきたんです。」
「六人。」
シンシアは何の澱みもなく言った。たぶん、ジョークのつもりなのだろう。そう信じたい。彼女の小粋なジョークの後、妙に重くなった口を最初に開いたのは、イングルソープ夫人だった。
「シンシア、ちょっと書斎【ラボ】の装置の調子が悪いんだ。後で見といてくれる。」
「もうカロリーの摂取も終わったし、これから行きますね。」