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改・スタイルズ荘の怪事件

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そう言ってすぐに立ち上がると、彼女は屋敷の方に戻って行った。結局、彼女の素顔は見られぬままだ。様子を見る限り、アルフレッドと並ぶエミリーの信奉者といったところか。
「あの子は性急過ぎるとしても、そろそろお開きだな。ミスター・ヘイスティングズ、部屋はジョンが案内する。夕食は七時半ということになっているが、こんな僻地の料理など食べれないというのであれば、遠慮せずに言ってくれたまえ。かくいうオレも、こちらに来た当初は固形物を胃が受け付けなくて苦労したんだ。」
大陸では食事の仕方は人によって千差万別。味覚を改造して一食に数時間かける人間もいれば、栄養摂取と割り切って錠剤で済ませるに人間もいる。どうやら、イングルソープ夫人は後者だったようだ。
「ミセス・イングルソープ。わたしは軍人です。非常時には岩を食べれる訓練を受けています。」
「それは素晴らしい。贔屓目で言うが、うちの料理は鉱物よりは美味い。期待していてくれたまえ。」
わたしは一礼すると、ジョンについて屋敷に入った。玄関の前にある大階段は途中で二つに分かれ、建物の両側の棟につながる作りになっている。わたしの部屋は左側の棟にあり、窓からは先ほどまでお茶をしていた庭が見えた。
ジョンが部屋を去った後、なにげなく窓から庭園を眺めていると、木陰から一人の男が現れるのが目に入った。陰鬱そうな顔をしたその男は、屋敷に入る途中、ふとした様子で二階を見上げてきた。
視野の中に入った男の目には何か恐ろしいものがあった。その理由を知ったら、わたしはたぶん生きていることが出来ないだろう。
わたしはその不吉な予感を振り払うように、男の顔をしっかりと確認しようとした。
不在。すぐさま記憶野を参照したが、そこには男の姿そのものが記憶されていない。このような後方の仕事に着いたのも故無きではないのだ。わたしは窓辺でしばらく佇んだ後、大きく息を吸い込んで、これからの任務の段取りを再確認する作業に入った。
夕食の時間はわたしが考えていたより、かなり早くやってきた。ジョンが呼びに来たとき、わたしはまだ脳内で、後に提出する記録を書き綴っていたほどだ。
「何分、こんな田舎ではすることがありませんから。夕食が出来るまで、みんなで集まって雑談をするのが日課なんです。」
ジョンはわたしを一階に案内しながら恥ずかしそうに言った。言葉とは裏腹に、彼がここでの素朴な生活を愛しているのはその表情から知れた。英国紳士とは彼のような人間を称した言葉なのだろう。わたしは妙に感心しながら、食堂の中へと足を踏み入れた。
スタイルズ荘の食堂は十六人がけのテーブルが悠々と収まる広々した造りで、奥のはめ殺しの窓からはライトアップされた裏庭を眺めることが出来るようになっていた。英国でこのような浪費が出来るとは信じがたかったが、工場用の電力を流用しているらしい。
「正確に言うならば、この家のための電力を、工場に流用しているというべきなんだろうがね。」
ミセス・イングルソープは食前酒に舌鼓を打ちながら、そんな冗談を言ったが、夫人が言うと本当のような気がするから不思議である。
食前酒は夫人が英国に来てから買い取ったワイナリーのもので、不味くはなかったが美味くもないというのが正直なところだった。それは前菜に関して同じことで、わたしは少しばかり気を落としていた。もちろん、享楽の頂点を更新し続ける大陸の料理と比べるのが間違いなのだが、夫人の言葉に少しばかりの期待をしていなくもなかったのだ。
「何か、お気に召しませんか?」
隣でホストを務めているアルフレッドの質問に、わたしは軽く首を横に振った。
「なに、里心がついているのさ。大陸の士官様の舌にかかれば、英国の美味なんて駄菓子にも劣るというわけだよ。」
夫人は前菜の残りを手で掴むと、無造作に口の中へと放り込んだ。ジョン夫妻は苦い顔をしていたが、わたしからすればテーブルマナーなどという蛮習を未だに遵守している彼らの方が野蛮に映る。
「大陸の料理は、そんなに美味しいのですか。」
青のイブニングドレスにゴーグル。ある意味で、シンシアはこちらの期待を裏切らないタイプなのかもしれない。
「美味しいというのは正確ではないのかもしれません。しかし、刺激的な体験であることは間違いありませんよ。」
「最後の晩餐派【イスカリオテ】と言ってね。大陸ではその一食のために、残りの生涯の全てを担保にかけるような人間もいるのさ。」
「たった一食のためにですか。おば様、私には信じられません。」
「彼らからするなら、一食のために生涯を賭けられない人生の方が信じられないということになるんだろうね。うちのアニーもそういう人種だよ。ただ彼女は、最後の晩餐を食べ終わった後、すぐに次の食事のことを考え始めるんだろうが。」
その夫人の言葉に反応するかのように、料理人であるアニーがスープを自ら食堂に運んできた。この食堂には窓の正面にある通常の出入り口の他に、料理場につながる出入り口と、夫人の書斎【ラボ】につながる出入り口の二つが存在している。彼女が入ってきたのは、もちろん料理場につながる方だ。
アニーは花柄のワンピースの上に真っ白なエプロンという家庭的な出で立ちだったが、ショートカットにされたブロンドヘアーに収まった英国風の顔立ちには一つだけ特異な点が存在した。彼女の眼は青と金のオッドアイだったのだ。
「アニー、ヘイスティングズさんはお前の料理に不満があるそうだよ。」
「今日のテーマは一撃必殺【ニルバーナ】ですから。」
それは料理のテーマに相応しいのだろうか。わたしがフォローを入れる前に、アニーは自信ありげにこちらを見つめてきた。鈍く光る黄金の瞳からは得体の知れない自信が感じられる。しかし、その気配とは裏腹にスープの味はどこまでも平凡だった。
「それは期待が高まりますね。」
わたしの顔をまじまじと見て、夫人は揶揄するでもなく言った。
「君が外交官にならなかったのは、実に公共の福祉に適っている。」
「統合政府に外交相手などいませんが。」
出来る限りの真顔でわたしは答えた。
「失礼。怒らせるつもりは無かったんだ。どうにも人を誉めるのは苦手でね。オレは天職なんぞ信じないが、ヘイスティングズくんは軍人に向いていると思うよ。」
「それはどうも。」
出されたスープを黙々と食べるだけの場を盛り上げようと、アルフレッドが声を上げる。
「天職で無いとするなら、あなたの就いていた仕事は何なんです?」
この状況で、質問の矛先が自分の妻に向かうところからして、この男は本当に夫人のことにしか興味がないのだろう。
「そもそも、ぼくは働いたことがないから。」
かつて「メディナ」と呼ばれた女性は、気負うでもなく平然と言った。役職など自分の後ろから勝手に付いてくるのだと言わんばかりだ。そこにあるのは、凍えるような自負なのだろう。
「確かに、あなたに労働なんて似合いませんね。」
アルフレッドの的外れな言葉が軽く受け流すと、夫人は目線を調理場に続く扉の方へと向けた。どうやら次に運ばれてくる料理が今夜のメインデッシュということらしい。
アニーが引っ張ってきたワゴンは二段式で、それぞれの段に銀製の覆いで隠された大皿が乗せられている。