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敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯

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クレーンゲーム



それはアナライザーだった。腰から下を地面に残し、頭と胸の上半身で、反重力装置の力でゲームセンターのクレーンが景品を掴むように森の体を吊り下げて、上空にいる揚陸艇めがけて飛び上がったのだ。

空気より〈軽い〉ものは浮く――重力の法則に反するようで反しない、でもやっぱり反しているのが反重力の法則であり、アナライザーはこのタイタンの大気の中でその力をフルに発揮させたのだった。

アナライザーは戦場と化した空中を、榴弾が起こす爆風に煽られながらフワフワと上がる。その速度は人が歩く程度か、せいぜい小走りというところ。

当然だった。タイタンの重力は地球の七分の一しかない。だから、〈上に落ちる〉重力加速度も七分の一ということになる。加えて、地球の四倍もある大気の密度。その抵抗ですぐに加速は終端に達してしまい、風船が昇るようにしか上に行くことはできないのだった。

ブラ下がっている森はもはや凍死寸前なのか、グッタリとして身動きもしない。

「ヤマモっちゃん! あれ、あれ、あれ!」

『って、待って。そんな急に――』

揚陸艇では斉藤と山本がパニクっていた。アナライザーが森を運んでくるのはいい。しかしそれをどう受け止めればいいと言うのか。

ガミラスの水陸両用車は砲をバンバン撃ってくる。その榴弾の信管は撃ち出された後の時間を数えて起爆するものだろう。そのタイマーが千分の一秒単位でピタリと決まり、森らの近くでタマを弾けさせることになれば、彼らは――。

アナライザーにもそれはわかっているはずだった。にもかかわらずああして来るのは、それだけ森が死の瀬戸際にあるということに違いない。何もしなければ六十秒で死ぬのなら、一か八かに賭けるしかないのだ。

山本にもそれはわかったようだった。しかし、わかったからと言ってどうする? そうそう咄嗟にうまいこと機を操れるものではない。それも、こんな状況で。

機を空中でホバリングさせ、アナライザーを待つこともできる。だがそうすれば、間違いなく止まったところを敵に狙い撃たれるだろう。

『旋回して近づきます! スリ抜けざまに捕まえてください!』

「わかった!」

斉藤が叫んで応える。山本はスロットルを開けた。いったん機を遠ざけてから反転し、機体を大きく横に傾け、アナライザーが昇ってくる方に突っ込みをかける。命綱の安全ベルトを腰に繋いだ斉藤が、横のドアからブラ下がるようになって手を伸ばした。

空中でアナライザーを捕まえた。このロボットは両の肩から両肘にパイプが伸びて繋がっているのだが、そのパイプの一本を掴む。

だが、そのとき、近くで榴弾が炸裂した。揚陸艇がガクンと揺れ、斉藤は宙に投げ出される。

「わあっ!」

その拍子に、斉藤は、アナライザーの頭を蹴り飛ばしてしまった。ビンの蓋でも取れるように胸から頭がポロリと外れ、どこかに飛んでいってしまう。

「わわわっ!」

まだ斉藤は命綱で揚陸艇に繋がっている。その手がアナライザーのパイプを掴み、アナライザーの腕が森を抱えている格好だ。

しかし頭部を失くしたせいか、アナライザーの胸は機能を無くしたらしい。森の体が抜け落ちそうになっていくが、あらためて抱え直そうとはしない。

斉藤は慌てて森の腕を掴んだ。アナライザーの胸部も後ろへすっ飛んでいく。

揚陸艇は姿勢を直してグイグイと上昇。その加重が斉藤にかかった。Gと空気抵抗で、森を掴んだ腕を持っていかれそうになる。

――と、それが急に消えた。山本が機を失速させたのだ。

むろん、それはわざとだった。機を自由落下させて無重力の状態を作り、斉藤が森を機内に引っ張り込めるようにしたのだ。

斉藤は森を機の中に投げ入れるようにして、それから自分も這い込んだ。森の背から生命維持パックを外し、予備のものと交換する。

「おい、しっかりしろ!」

叫んだ。森のヘルメットのバイザーが霜で真っ白になっていたが、ヒーターの作用によってたちまちのうちに晴れていく。だがその下に現れた顔は、叫ぶような形に口を開けたまま動かない。

ダメか、と思ったときに森の眼球が動いた。斉藤を見る。それから口が、少しずつ、息を吸おうと動き始めた。

「ふう」斉藤も息をついた。それから山本に、「生きてる! 生きてるぞ!」

『よかった』と声が返ってきた。それから、『あれを見てください!』

「なんだ?」

と言ったときだった。轟音とともに何かが視界を横切るのが見えた。古代の〈ゼロ〉だ。敵水陸両用車の一台に襲いかかるとビームガンを撃ち放ち、一撃にそれを爆発炎上させた。続けてもう一台。

紅蓮(ぐれん)ではなく蒼蓮(そうれん)とでも呼ぶべきような火柱が昇る。採掘チームが下で歓声を上げるのがマイクを通して伝わってきた。

「やっと来たか」斉藤は言った。「遅えんだよ、まったく」