敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
脱出開始
『戦闘機の群れがこっちへ向かってきてる! すぐ撤収しろ!』
通信で古代の声が入ってくる。山本はそれに「了解」と応えて揚陸艇を降下させた。
操縦室に斉藤が森を担(かつ)いで入ってきた。まだロクに動けぬらしい森を山本の隣に座らせ、シートベルトを締めさせる。
山本は言った。「〈ヤマト〉がいつまで我々を待てるかわかりません。仲間を拾ってすぐタイタンを脱出します」
「わかった」
「2、3メートルの高さでホバリングします。後はジャンプさせてください」
「オーケー!」
言って斉藤は操縦室を出て行った。
揚陸艇が、採掘チームが手を振るところに垂直に降り、彼らが手を伸ばす先の宙に止まる。タイタンの重力下では、誰であれ猫のように飛び上がれる高さだった。
「来い!」
と斉藤は彼らに叫んだ。だが地上にいる者達は動かない。死んだ二名の遺体を抱えているのだった。
『このふたりを!』
「生きてるのか!」
『いいえ。ですが――』
「じゃあ、ダメだ! 生きてる者だけ飛び移れ!」
『それじゃこれを!』
言ってひとりが掲(かか)げたのは、コスモナイトの鉱石だった。ビヤ樽ほどの大きさの太鼓形に切り出されている。
「わかった。投げろ!」
投げてきた。地球だったら人の力で持ち上がるかも疑わしいが、ここは重力が七分の一。だからその石も重さ七分の一……ではあるが、受け止めた斉藤はたまらなかった。イノシシの突進でも食らったようなものである。「うおおっ!」と叫んでひっくり返った。
採掘員が次から次に揚陸艇に飛び込んでくる。
斉藤は鉱石を抱えて床に転がったまま言った。「これ一個だけか」
「貨物ポッド一本分は詰めたんですが……」
そのとき耳の通信機に、森の声が入ってきた。『アナライザーは?』
「アナライザー?」
全員が顔を見合わせた。それから揃って、開いたままのドアから外を覗き見る。
何十メートルか先で、地面の上をアナライザーの腰から下の部分だけがドタバタと駆け回っているのが見えた。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之