敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
青い火焔
山本が機をふたたび鉱床の上に戻したとき、水陸両用車の一台がついに湖を越えた。まさしく亀が甲羅から脚を出すようにキャタピラを現し、陸に這い上がってくる。
斉藤がガトリングガンを向けて、ビームの発射ボタンを押した。途端、六連の銃身が回り、身を揺さぶる反動とともに曳光ビームの連射を放った。まるでミシンが打たれるようにビームの針が撃ち出され、地面に縫い目を刻むのだ。氷の地面が高熱により一瞬溶けて、水面に雫(しずく)を落とした瞬間を捉えた写真を見るような王冠状の輪を作ってまた凍る。その弾痕が並ぶ列が水陸両用車に向かっていった。
しかし車両は、まさしく亀の甲羅のような厚い装甲に覆われている。対人用のビームをなんなく弾き返し、硬い氷をキャタピラで踏み砕いて進むのだった――採掘チームが隠れている岩場へと。
「ちくしょう、この野郎、止まれ!」
斉藤は叫び、ビームを撃ち続けた。湖に着弾して液体メタンを蒸発させ、爆発するかのような勢いで湖面に高い水柱の列を立てる。
だがそれだけだ。酸素のないタイタンでは、液体メタンもただの〈水〉だ。一瞬だけ水蒸気爆発を起こしても、またただの雫となって湖に戻るだけ。決して燃えることはない――。
と思ったときだった。突然、水陸両用車に火が着き、炎を噴き上げた。小亀のような砲塔を高く飛ばして爆発する。
広がる炎は青かった。ガスコンロの火を巨大にしたような青い火柱が湖面を照らし、水底まで映えさせる。空の上から見るそれはオレンジの景色の中に青い巨大な花が咲いたかのようだった。
「なんだ?」
と斉藤は言った。あくまで技師で科学者であるその眼は今の爆発に奇妙なものを感じていた。
「まるで、あのクルマの中で、ガスでも火が点いたみたいな……」
だがしかし、次の瞬間に閃いた。そうだ、と思う。さっきあの古代という〈ゼロ〉のパイロットに言った言葉――。
「あれは酸素だ」
と言った。マイクでそれを聞いた山本が、『え?』と声を発してくる。
「あれは酸素の爆発だ! あのクルマの中に酸素があって、メタンの空気と反応したんだ! それにビームが火を着けて――」
ああしてドカンということになった――そうとしか思えない。
山本の声が返ってきた。『ガミラスは酸素を吸う生き物だと言うことですか!』
「他に考えられるか! このタイタンで酸素ほど危険な物質はないってえのに、あんな車両の中に置いてあるなんて――」
ガミラス人は酸素を吸う――とりたてて意外と言うほどの話でない。重大な新事実とは言い難い。しかし、そんな程度のことも不明なほどに人類はガミラスのことを知らぬのだった。それがどうやら、確かと思える証拠を今、そこに現している。酸素の炎。タイタンのメタンを燃やして青く湖に映える――。
また山本の声がした。『斉藤さん、あれ!』
「ああっ!」
と言った。斉藤も見た。燃える車両のハッチが開いて、火ダルマになった乗員が転がり出たのだ。
青い炎で姿はよくわからない。しかし、その大きさや体の形は地球人とさほど変わらぬようだった。
「あれがガミラス……」
だが、ゆっくりとそれを見ている余裕はなかった。敵の水陸両用車はまだ二台あるのだ。メタンの湖に浮きながら、前へ向けて進んでいる。砲の狙いを上に変え、揚陸艇に撃ってきた。酸素タンクになどうっかりタマを喰らったら吹っ飛ぶのはこちらも同じだ。
「野郎!」
斉藤はビームを撃ち返した。ガトリングガンのモーターが回り、曳光ビームのミシン針を敵の車両に見舞わせる。しかし二度目の奇跡は起きてくれなかった。亀型車両がメタンの蒸気に覆われるだけだ。
〈ゼロ〉はまだか! そう思った。敵は装甲車輌と言っても〈水〉に浮くよう軽く造られているはずだから、装甲の厚みだってタカが知れてる。戦闘機のビームガンなら楽にブチ抜けるはずだ。だからあいつが戻ってくれば。そうは思うのだが――。
「これじゃ下に降りられん……船務長が凍えちまうぞ!」
言って、斉藤は下を見た。森は凍死寸前のはずだ。あと二分も生きていられまい。生命維持のパックを早く換えないと死ぬ。だがしかし、これではとても――。
そう思ったときだった。何やら赤い物体が、採掘チームのいる辺りから宙を昇ってくるのが見えた。
斉藤は言った。「なんだ?」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之