敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
出現
「レーダーが敵を捉えました」
〈ヤマト〉第一艦橋。森の代理のオペレーターが言った。スクリーンに数隻の敵駆逐艦の指標が出ている。
「来たな」と沖田が言った。「まずは足の速い駆逐艦を寄越してきたか。タイタンのまわりに網を張る気だろう」
「はい」と新見が言った。「この動きからすると、〈ヤマト〉に近づく気はなさそうです。いま主砲を撃っても躱されるだけかと……」
沖田は頷く。いま現在に地球が持つレーダーその他の探知機器には、超光速通信と同じ技術が使われている。宇宙船が出す光や電波を、それが届いたときでなく、相手が出したその瞬間に捉えることができるのだ。同様のものをガミラスも持っているのは疑いがない。
亜光速のビームはそれが見えてから避(よ)けたところでもう遅いが、敵が撃ったその瞬間にそれを探知し回避行動が開始できる今の宇宙戦においては、ある程度の距離があるなら互いにビームを避け合うことも可能なのだった。船対船の砲撃戦は主砲の射程距離の他、その要素も考慮して行わなければならなくなっている――〈亜光速〉とは光速の何割引きくらいを指して、〈ある程度〉とはどの程度の距離なのか、というのはなかなか一概に言えず、簡単に説明できることではないが。
とにかく、遂に敵は来た――この大艦巨砲主義の宇宙で、駆逐艦の五隻や十隻、〈ヤマト〉の敵にはなりえない。ガミラスもそれはわかっているはずだ。にもかかわらず寄越してきたのは、まず遠巻きに網を張ろうという考えなのに違いなかった。〈ヤマト〉を逃げられないようにして、大きな船を待つ気なのだ。
駆逐艦は一隻また一隻とタイタンのまわりに出現しつつあった。急に宇宙のある部分に虫眼鏡でも置いたようにその向こうの星座が歪み、次の瞬間、魚が水面から飛び出すように、地球の〈デヴォン期〉と呼ばれる時代の古代魚のような形のガミラス船が現れるのだ。ワープ――空間歪曲航法。宇宙を紙のように曲げ、そこにペンを突き刺すように穴を開けて抜ける方法。そしてその古代魚どもは、現れるなり宇宙に何かを撒き散らし出した。
「敵艦隊、爆雷を投下し始めました」
と森の代理が言った。スクリーンには無数の点。対艦宇宙爆雷だ。敵駆逐艦それぞれの後ろに、漁船が網を広げたような動きとなって表れている。
「まだそう慌てることはない」沖田は言った。「採掘チームはどうしている?」
「はい」
と言って森の代理がレーダーの情報をスクリーンに出した。
「揚陸艇がタイタンの大気圏を離脱しました。敵戦闘機と思しきものが十五あり、その宙域に近づいていますが……」
「十五機?」と新見が言う。「そんな数の戦闘機に追われたら、揚陸艇なんかとても……」
真田が言う。「古代の〈ゼロ〉はどうしているんだ」
「反応ありません。さきほど着陸したようですが、それっきり」
「着陸した?」太田が言った。「こんなときに? 何考えてんだ。あいつ状況がわかってるのか」
相原が艦長席を振り向いて、「通信で呼んでみましょうか」
「いや待て」と沖田。「古代は採掘した石を運ぼうとしてるのかもしれん」
「あ」
と何人かが言って、それから互いに顔を見合わせた。コスモナイトの鉱石は古代が〈ゼロ〉で運ぶことになっている――〈ヤマト〉はもともとタイタンに石を採りに来たと言うのに、誰もがそれをつい失念していたようだ。しかしまさか、状況がこうなったのにまだ石を運ぶ気なのか? みなそのように考えて当惑した表情だった。レーダーには十五の敵戦闘機。
森の代理が言った。「この動きからすると、敵は十五とも、揚陸艇を追うつもりはなさそうです。〈ヤマト〉にたどり着かれるまでに追いつけないものとみて、全機がタイタンに降下するものと……」
真田が言う。「古代を狙ってか」
「それじゃあ――」と新見が言った。「〈ゼロ〉は一機で十五の敵を相手にすることになるの? 貨物ポッドを積んで重い状態で?」
「そんな」
と島が言った。元戦闘機乗りとして、古代がくぐり抜けねばならなくなる状況の難しさを瞬時に察したらしかった。翼の下に貨物ポッドを吊るした〈ゼロ〉はもはや戦闘機とは呼べない。ネギを背負ったカモ輸送機だ。島はそれを知っていた。いや、それだけではない――。
「タイタンじゃ重さ以上に、空気抵抗が足枷になるぞ! 〈ゼロ〉はミサイル持ってるのか!」
「いいえ」と新見。「貨物ポッドを運ぶから今日はナシということになって……」
「じゃあ――」
と島。重い足枷を付けた機体に、ビームガン一挺だけで、十五の敵と渡り合う――そんなことがまだ〈ゼロ〉に慣熟すらしていないと思われる古代にできるのか――そう考えている顔だった。
島だけではない。全員が、固唾を飲んでスクリーンを見る。
だが、〈ヤマト〉には古代ばかりに気を取られている余裕はなかった。周囲には敵ガミラスの駆逐艦が、次から次に現れて爆雷を投下し始めているのだ。
〈ヤマト〉の上に被さるように張られていく爆雷の網。〈ヤマト〉がそれに覆われるのはすでに時間の問題だった。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之