敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
ガミラス兵
タマは外れた。古代は横に跳んで逃げた。相手は銃を構えながらも、ロクに狙いがつけられないでいるらしかった。発砲に次ぐ発砲。逃げる古代を追って撃ってはくるが、当たらない。
その相手――間違いなくガミラスの兵士だ――が持っているのは一種の拳銃なのだろう。もともとよほどの名手でなければ撃って当たるというものではなかろうが、古代がタマを受けないで済んでいるのはそればかりではなさそうだった。
ガミラス兵はあの亀型水陸両用車の砲手か運転手。燃える車両から液体メタンの湖水の中に飛び込んで、今ようやく這い上がってきたというところだろう。どうにか身を起こして立って、銃を握る手を伸ばすのもやっとというようすに見える。
体は震え、息は乱れ、狙いをつけるどころではないのだ。バンバン撃ってはくるものの、デタラメに乱射しているのに等しい。
転がるように逃げながらも、古代はそれに気がついた。だが、気づいたからと言ってどうする? 近づかれたら、いくらなんでも当たるだろう。いつまでも当たらず済むというものでもないだろう。こちらはなんの武器もない。敵は今はヨレヨレでも、じき回復するかもしれない――。
いや、考えてる間にも、力を取り戻しつつあるようだ。立っているのもやっというふうに最初は見えたのが、だんだんフラつきかげんが消えて腕もまっすぐ伸ばしつつある。
ガミラス兵はひとりだった。ほぼ地球の人間と同じ体つきに見えた。マイナス180度の気温水温はやはりこいつにも、瞬時にアイスキャンディーになってしまう環境なのだろう。宇宙服らしきもので体を覆い、頭にヘルメットを被っているが、顔は――。
見えた。遠目によくわからないが、地球人のそれとさほどに変わらなそうな目鼻と口が。色が青っぽいようだが、バイザーに色が付いているのか、肌がそういう色なのか。だがとにかく、顔の造作が見て取れた。怒りの表情をしているように見えるのは気のせいか。
なんてことだ、と思った。こいつがガミラス人か。
古代は物陰に飛び込んだ。コスモナイトの鉱床の崖。追って放たれた銃弾が岩壁に弾かれる。
「ツバクカンサルバ――!」
ガミラス兵が何か言った。無理にカタカナにすればこんな感じだ。通信機を通さなくても、タイタンの大気のせいで聞くことはできるが、たとえ録音を持ち帰っても意味を知ることはできないだろう。地球人類はガミラス語との間を繋ぐロゼッタストーンを持っていない。
いや、そもそも、ガミラスが言葉を話す生物なのかも知らなかったはずだ。例のサーシャという〈女〉はガミラスについての情報をたとえ知っていたとしても何も教えてくれなかったと聞くし――。
それにしても、そいつの声も、地球人の男の声とそれほど変わらなそうだった。たとえ翻訳はできずとも、罵(ののし)り言葉の類だろうとわかる。声に込められた感情も、地球人と変わらない――。
これがガミラス。なんてことだ。ほんとに人間そっくりじゃないか。
その敵兵が銃を構えたまま歩きだした。〈ガミラス語〉で何か罵り続けているが、声に寒そうな響きもある。おそらく、地球人のそれと同じようなヒーターで宇宙服の内部を温めているのではないかと古代は思った。液体メタンの湖に落ちるのは、ヒーターの暖房能力を超える状況だったのではないか。こいつは危うく凍死するところだったのが、今だんだん体が温まりつつある――。
まずいぞ。完全に回復されたら、もうこちらに望みはない。今のうちになんとかしないと。
そう思ったときだった。古代が被る戦闘機用ヘルメットのバイザーに、酸素ボンベの残量が残り少ないことを報せるランプが投影された。同時にヒーター熱量低下の警告。
まずいぞ、とまた思った。古代が着ているパイロットスーツは〈宇宙服〉にはなっているが、重い生命維持装置を背負う本格的な〈船外活動服〉ではないのだ。緊急用の小さなボンベと簡易型のヒーターしか付いていない。どちらもあと三分ばかり自分を生かしてくれるかどうか。
急にゾクリと寒気を覚えた。酸素よりもヒーターが先に力を失いかけているのかもしれない。あのガミラス兵とは逆に、おれの方が凍え死にか。
どうする、どうすればいいと思った。古代は〈ゼロ〉を振り返ってみた。あそこまで、今なら走っていけるだろう。だが離陸する前に、撃たれるのは間違いない。拳銃弾の一発や二発で壊れるほどに〈ゼロ〉はヤワではないと言っても、キャノピー――コクピットの風防窓でも割られたら、機の操縦ができなくなるかも――。
そうなればおしまいだ。古代はまわりを見回した。今いるのは採掘チームがコスモナイトの石を切り出した場所だった。置き捨てられた採掘器具が散らばっている。
武器になるものがあるかもしれない。だが、使い方がわからない。敵は古代が丸腰だともう気づいたようだった。もはやデタラメな乱射はせず、こちらを目指して進んでくる。
とうとう古代のいる岩陰へ数メートルの位置まで来た。
「ツバクカンサルバ!」
また叫んだ。『死ね』と言ったのか、『降参しろ』とでもいう意味なのか。
どちらだ? と古代は思った。この状況で、こいつがおれを捕虜にしようと考えてるなんてことは有り得るだろうか。考えてみた。その見込みはあるだろう――〈ヤマト〉の秘密、コスモナイトを採りにきた理由――それらをおれから聞き出せれば、殺す以上の手柄になるかもしれない。おれに武器があるならともかく、丸腰と知っているのであれば――。
だがもちろん、手なんか挙げて出ようものなら即座に撃ち殺されることも――どうする? 古代はまたまわりを見た。眼に止まったものがあった。大きな瓦かポテトチップスのような湾曲した平たい石が山と積み重なっている。
コスモナイトの鉱石だ。貨物ポッドに納めるために石を太鼓に切り出した後に出た切りくずだろう。形や大きさはバラバラだが、雨樋状の湾曲面がその多くに見て取れる。
これだ、と思った。古代はその石の山に飛びついた。ガミラス兵が何事か叫びながら銃を撃つ。
その銃弾は当たらなかった。古代は予(あらかじ)め見定めておいた石のひとつを掴み取った。ちょうど、地球で軍や警察が地下都市の暴動を抑えるときに持たせる盾に形や大きさが似ているような。
機動隊などが持つそれは多くが透明な強化樹脂で、薄い造りでさして重いものではない。が、古代がいま掴んだものは分厚い石の塊だった。地球であれば持ち上げることなどできないかもしれない。しかしタイタンは重力が地球の七分の一。だから重さは七分の一だ。古代はそれを胸の高さにまで持ち上げて前にかざした。この二週間の筋トレで鍛え直していた身には、苦になるほどのものではなかった。ガミラス兵がバンバンと古代に撃ってきたけれど、石は見事に盾となって弾丸を弾(はじ)いた。
古代はそのまま、ガミラス兵に突進した。相手は悲鳴のような声を発する。構わず、そのまま体当たり。それから、石を振り上げて、古代は敵に叩きつけた。
相手がたまるはずがない。ガミラス兵は銃を落としてよろめいた。
古代はすかさず、落ちた拳銃を足で蹴った。相手に先に拾わせないためだ。タイタンの弱い重力のために、オレンジ色の空に高く飛び上がっていく。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之