敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
それから地を蹴り、古代はジャンプ――勢いあまって、体がクルリと宙を舞った。まるでトランポリンででも跳び上がったか、ワイヤーアクションによって撮られた映画のワンシーンのようだった。
空中で自(みずか)ら蹴り上げた拳銃をキャッチ。古代は着地し、ガミラスの兵士に向けて銃を構えた。
「ツラプナターク、カンサス!」
敵は叫んだ。形勢が逆転したというのに、怯(ひる)む気配も見せなかった。
それどころか、他にも武器を持っていた。刃渡りが20センチはあろうかというナイフの類。それを抜き、古代の方に向かってきた。
「ツパルマン!」
また叫んだ。今度こそ、『死ね』と言ったのに違いなかった。
古代は撃った。弾丸が相手の胸を貫いた。だが突進は止まらない。ガミラス兵はもはや声にはならない叫びをあげて走ってくる。
また撃った。二発、三発。タマは確実に命中している。なのに相手は止まらない。刃物を持った手を振るう。喚(わめ)きながら古代に突き立てようとする。
寸前でようやく止まった。地球人と変わらぬ眼で古代を見据えながら、地に倒れる。
その身から血と思しき赤い液体が流れ広がるのが見えた。それはすぐ凍りついて固まってしまう。
古代は震えるばかりだった。死体を前に立ちすくむ。
ガミラス兵は倒れたまま手足をビクビクと動かしている。しかしこれは、今にもその身が瞬間冷凍されつつあって、体の組織が凍っていっているからだろう――そう思ったが、身がすくむのは変わらない。今にもバッと飛び上がり、おれに掴みかかってくるのじゃないか――理屈に合わないそんな恐怖に囚(とら)われる。
しかしガミラス兵は、すぐにピクリとも動かなくなった。あっという間にほとんど凍りついてしまったに違いなかった。
それを見ても古代はまだ体の震えが止まらなかった。あらためて恐怖が襲ってきて、まだ身のすくむ思いがしていた。
おれは人を殺したのだ――そう思った。敵とは言え、侵略者と言え、おれを殺そうとしたやつだと言っても、〈人〉を――そんな考えに囚われて、倒れた敵から眼が離せない。
それから、手の中の拳銃を見た。明らかに地球のものとは異なるデザイン。
おれはこいつで、人を殺した――また思った。無我夢中だったとは言え、相手の方が向かってきて、撃たなければおれが刺されて死んでいたのに違いないのだとは言え――。
恐ろしかった。〈罪の意識〉と言うよりも、子供の頃に浜でナマコを踏んづけたときのように単純で生理的な恐怖感だ。ガミラス人なら〈がんもどき〉で前に三人殺している。戦闘機のパイロットを――けれど、あれとこれとは違った。今度は直接、間近に顔を見て殺ったのだ。こいつはおれの眼を見ながら死んだ。
おれを呪って死んだのだ。もう動かぬ死体を見てもまだ怖くてたまらない。どうする、凍った関節をバキバキ折りながら立ち上がり、おれに掴みかかってきたら――。
そんな気がしてまだ眼が離せない。いや待て、なんだか本当に、何か動き出したみたいな――。
みたいな、ではない。凍ったはずの死体が動き出していた。いや、死体そのものではない。宇宙服が中に空気を入れたように急に膨らみ出したのだ。
と思うと、突然に、青い炎を吹き上げて爆発的に燃え出した。青い火柱が轟々とオレンジの空に立ち昇る。
なんだ、と思った。なんで火が――考えてから、思い出した。ガミラス兵は戦闘で宇宙へなど投げ出されると瞬時に焼かれるようになっているらしいと。おそらくやつらは実は地球を恐れているため、自分達の情報を与えぬためにそうしている。そのため今まで、死体のひとつも手に入れられずいるのだと。
だからこれもそうなのだろう。宇宙服になんらかの焼却装置が仕込んであり、兵が死んだのを感知して仕掛けを作動させたのだ。
火の勢いは凄まじかった。燃えているのはむしろタイタンの大気中のメタンなのかもしれないが、青い炎が高さ数十メートルにまで昇り、古代の方にも飛び火してきた。パイロットスーツは戦闘機が火に包まれても脱出できるように高い耐火性能を持っているから少々の火はなんでもないが、眩(まぶ)しさに眼が眩(くら)む。古代は何歩か後ろにさがった。
ガミラス兵はたちまち黒く焦げたと思うと、すぐに白い灰と化す。タイタンの空の下ではそれもオレンジ色に見えた。
「古代サン!」
アナライザーの声がした。そこでハッと気がついた。轟々と燃える炎の音。だがもうひとつ遠くから、別に唸るような音がする。
ガミラスの戦闘機隊だ。十機以上がここを目指して飛んで来ようとしていたのだった。
オレンジ色の空を見上げた。霞(かすみ)の向こうに光る点がいくつか見える。まだ遠い。しかしもう敵がそこまで来ているのだとわかった。
そうだ、カラの貨物ポッド! あれをもう一方の翼の下に取り付けなけりゃ――そう思った。だが無理だ! もうそんなことをしている時間はない!
「アナライザー!」
古代は叫んだ。
「〈ゼロ〉に乗れ! 早く!」
「今ノ状態デ飛ブノデスカ!」
「それしかない!」
叫びつつ、〈ゼロ〉に向かってジャンプした。ホップステップジャンプと跳んで機に取り付く。アナライザーが古代のシートの後ろに乗った。
ベルトを締めて、キャノピーを閉じる。その窓越しに古代は上を振り仰いだ。ガミラス機は一機一機がもう小さな三角形に見えるところまで近づいている。
この〈ゼロ〉であれを振り切れるのか。武器はビームガン一挺だけ。しかしとても使えはすまい。敵の一機に狙いをつけようなどとすれば、たちまち別の敵戦闘機に後ろにつかれるに違いない。せめてミサイルでもあれば――だがどのみち、敵がこれだけ多くては――。
レーダーの画面を見た。敵の数は15。
勝負になどとてもならない。逃げるだけだ。しかしそれも――考えながら、古代は〈ゼロ〉のエンジンを繋いだ。
離陸させる。途端にグラリと横に傾(かし)いだ。
ほとんど横倒しに近い。左に一本だけ吊った貨物ポッドのせいであるのに違いなかった。機の片側が重過ぎるのだ。
「古代サン――」
とアナライザー。
「黙ってろ!」
左側のスラスターの噴射を強め、なんとか機体を持ち上げた。水平にする。が、前に進ませようとすると、横に引っ張られるようにして機首がたちまち左にそれる。
ちくしょう、と古代は思った。こんな機体でスピードは出せない。まともに飛ばすことすらできない。なのにあの敵どもと渡り合わなきゃならないのか。
考えてなどいられなかった。古代はスロットルを開けた。〈ゼロ〉は翼をよろめかせながら、タイタンの空に舞い上がった。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之