敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
15対1
「めーでー! めーでー!」アナライザーが叫んでいる。「戦闘機ニ追ワレテイマス!」
「無駄だ、やめろ!」
古代は叫んだ。思うままにならない機体を必死に操る。機器は警報を鳴らしっぱなしだ。レーダーには群がってくる無数の指標。
敵だ。すべてに〈敵〉を表す《BANDIT》の識別コードが付けられている。
オレンジ色のもやを切り裂き、その何機かが突っ込んできた。間違いなく戦闘機だ。翼をクルクル閃かせて宙を舞い、メタンの大気に渦を巻かせる。空に陽炎(かげろう)の帯を描いて、その向こうに霞んで見える三日月形の土星とその輪を揺らめかせた。
そしてビームを撃ってくる。さらにミサイルを射ってくる。数機が一度にたった一機の〈ゼロ〉をめがけて放つそれらは、まるでトンボを捕るための捕虫網のように見えた。光の網に絡み捕られたら一巻の終わりだ。
「敵ハ15機! めーでー! めーでー!」
「黙ってろと言ってるだろう!」
いつかの再現。〈イスカンダルの使者〉とかいう〈女〉の船と出くわしたときと――しかし、今度の状況の方が、あれより遥かに不利かもしれない。15対1という戦力差以上に、〈ゼロ〉の状態だ。
機首が左へ持っていかれる。片側だけに吊るした貨物ポッドのために、バランスがいちじるしく崩れているのだ。到底、まっすぐになど飛ばせない。
最新鋭機〈ゼロ〉と言えども、この状態で敵と闘うなどできるわけがなかった。ましてや、相手はこの数だ。ただひたすらにロールを打って、ミサイルとビームの攻撃を躱すばかり。
機が左へ行こうとするなら、その力を利用する――それしかなかった。左へ。左へ。古代は機を横転させる。ガミラスの一機がビームを撃って追いかけてくる。その曳光が機の右をかすめる。
エンジン噴射の青い炎が、オレンジの空に乱舞する。敵戦闘機が追い抜いていった。一機躱しても、また次の機が。次の機が。古代は逃げ惑うだけだ。
視界が暗くなり始める。Gで血液が脚に集まり、頭に送られなくなりつつあるのだ。
このままでは殺られる、と思った。なんとか上に昇らなければ! 大気を抜けて宇宙へ出れば、〈ヤマト〉がいる――対空砲の射程にまでたどり着ければ、敵は追ってこられないはず。
だが――と思った。〈ヤマト〉は待ってくれてるのか? コスモナイトをおれが積んでいるからと言って?
けれど、それしか望みはないのだ。古代は〈ゼロ〉を上昇させた。しかし左に引っ張られる。操縦桿を持つ手がしびれ始めてきている。
このままでは、手の力や眼だけではない。〈ゼロ〉の機体ももたないだろう。貨物ポッドを吊るした左翼が、ロールを打つたびたわむのがわかる。Gと大気の抵抗、それを、片一方だけの翼が受け続けることなど、〈ゼロ〉を設計した者は考えもしなかったに違いない。いつまでこの主翼がもつか?
汗が目に入ってきた。それを拭(ぬぐ)うこともできない。
敵が襲いかかってくる。前から後ろから、二機、三機とビームを撃って。
古代はそのたび、〈ゼロ〉にロールを打たせるしかできなかった。
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之