敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
メーデー
アナライザーのメーデー(救援要請)は、揚陸艇の通信機も捉えていた。
森は山本の隣にいて、レーダーを見守るしかできない。〈味方機〉を表すたったひとつの《FRIEND》の指標に群がる十五を数える《BANDIT》の指標。
見ているのは森だけではない。同じ画面を後ろから、斎藤と採掘員の数名も覗き込んでいた。
『めーでー! めーでー! 敵ニ追ワレテイマス!』
アナライザーの声が続く。だが、続いているだけだ。救ける手立てなどはない。声は古代とアナライザーがまだ生きてることを示すものでしかなかった。やがてそれが急に途絶える瞬間が来るはずで、それが〈ゼロ〉が敵に墜とされたときとなるのだ。
採掘員のひとりが言った。「コスモナイトは積んでるんですか」
「おそらく」と山本が言った。「カラ荷なら、もっと速く飛べるはず。〈ゼロ〉の加速力ならばこの敵を振り切るのもできなくないはずなのに、そうしないところを見ると……」
「引き返しましょう」
「え?」
「引き返すんです。〈ゼロ〉を救けなきゃあ――」
「いや、それは――」
「このまま〈ヤマト〉に帰るわけにいきません」と採掘員は言った。「おれが残って積み込みを手伝うべきだったんだ! そうすりゃきっと〈ゼロ〉はもっと早く飛び立てたのに――」
山本は応えず、代わりに森の顔を見た。森は困って斎藤を見た。それからあらためて採掘員達を見る。全員が、ひとりの仲間の言葉にそうだと頷いているようだった。
「ちょっと待て」と斎藤が言った。「そんなことすりゃこの機が後になることになる。戦闘機に追われておれ達が墜とされてたぞ」
「そうじゃない。おれひとりが残ればよかったと言ってるんです」と採掘員。「〈ヤマト〉にはコスモナイトが必要なんだ! 運べるのは〈ゼロ〉だけなんだから、おれが残るべきだった! 後は置き去りでよかったんです!」
「バカ野郎、てめえ自分が何言ってるかわかってんのか!」
と斎藤は言った。だが他の採掘員らも、
「そうです! おれも残るべきだった!」「このまま船に帰るなんて、死んだ仲間に申し訳が立ちません!」「引き返しましょう、〈ゼロ〉を救けるんです!」
口々に叫ぶ。全員が死に取り憑かれたかのようだった。
チーム内に死者を出し、その遺体を置いてきてしまったことが、死地を脱した今になって、急に強い自責の思いが彼らを襲う結果になったに違いなかった。死んだ二名は彼らにはただの数字や番号ではない。顔を持ち名前を持ち、必ず地球に帰還して互いの家族を救い合おうと誓い合った同志であり友なのだ。それが己の命惜しさに揚陸艇に飛び乗ってしまった。仲間の遺体もさることながら、何より重要な任務であるはずのコスモナイトの鉱石を〈ゼロ〉に積みもしないまま――。
これでは死んだ仲間にすまない。あのふたりは無駄死にになる。そんなことがあってはならない――だからオレ達も敵に突っ込んで死のう、というわけだ。森はどうするべきだったのかと思った。この作戦の責任者は自分だ。とは言えあのときは、わたしは凍死を切り抜けたばかりで、決断を下せる状態になかったが――。
ではどうだろう。決めることができたなら――この者らを置き去りにして、〈ゼロ〉にコスモナイトを積ませる? バカな。できるわけがない。作戦が失敗したなら撤収が基本だ。彼らを残せば確実に〈ヤマト〉に石が届くという保証も――。
窓の向こう、行く手に〈ヤマト〉。姿がみるみる大きくなる。レーダー画面に着艦誘導のシグナルが出た。
『めーでー! めーでー!』
アナライザーの声がまだ聞こえている。つい先程、あの星で、自分の命を救ってくれたロボットだ。それが救けを求めている。
「ねえ」森は山本に言った。「なんとかならないの?」
「無理です。この機では戻っても……」
もちろん、わかってはいることだった。採掘員らも「そんな」とは言ったものの、それ以上は主張しない。全員が拳を握り、悔しさに歯噛みしながら、何も言えずにいるようだった。
山本は言った。「着艦します。全員、席に着いてください」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之