敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
〈タイガー〉を出させろ
「揚陸艇が着艦します」
第一艦橋。森の代理オペレーターが告げる。
「よし」と沖田が言った。「島、揚陸艇を収容次第、古代の〈ゼロ〉を救出に向かう。南部、対空砲用意だ。射程に入り次第、〈ゼロ〉を狙う敵戦闘機を追い散らせ」
「はい」
と島と南部が応える。しかし太田が、
「すでにタイタンに近づき過ぎています。これ以上は危険ですが……」
「わかっているが、古代がコスモナイトを積んでいるとなれば簡単に見離すわけにはいかん」
「はい」
太田は黙るしかないようだった。レーダーにはまた一隻の大型戦艦。
同じ画面に、まだ逃げ惑う古代の〈ゼロ〉が映っている。十五機に囲まれながら敵の火線を避(よ)け続けるとは驚異的な腕と呼ぶべきなのか、それともただ幸運なだけか。
もとより、宙を飛ぶ戦闘機を撃ち墜とすのは容易いことなどではない。飛んでるハエを箸でつまむにも等しいのであり、ただひたすらに逃げる一手の古代に敵が手こずるのも無理ないことではあるのだが、それも機体と古代自身がいつまでもつかだ。どちらもすでに限界を超えているものと考えられた。
そして、〈ヤマト〉のまわりに次々と出現するガミラス艦。一方、こちらがワープするにはすでにタイタンに近づき過ぎ、加速度的に危険が増す状況にある。コスモナイトがいかに必要であろうとも、救けられるかどうかもわからぬ古代のためにこれ以上船をタイタンに近づけてよいのか。
沖田にもそれはわかっているはずだった。そのときに相原が言った。
「航空隊より具申(ぐしん)です。『〈タイガー〉を出させろ』と言っていますが……」
「わたしが受ける」と真田が言った。その画面に加藤が映る。真田は聞いた。「どういうことだ」
画面の中で加藤が言う。『〈ヤマト〉にはコスモナイトが要るんでしょう。〈タイガー〉を〈ゼロ〉の救出に出させてください』
「何を言ってるかわかってるのか。今〈タイガー〉を出したなら、とても収容の時間はないぞ」
『わかっています』
と加藤。真田は沖田を見た。首を振った。真田は言った。「ダメだ」
『後は置き去りになってもいい! 〈ゼロ〉を救けに行かせてくれと言ってるんです!』
「ダメだ! コスモナイトのためであろうとそれはできん」
『なぜですか!』
「なぜだと? だいたい、誰を行かすつもりだ」
『こんな任務に部下を遣るわけにいきません。おれが行きます』
「ますますダメだ」
『ですが!』
「ダメだ! 君が行けば部下もみんな君に続くと言い出すだろう。第一、行けば必ず古代を救けられると言うものでも――」
言っていた途中だった。沖田が叫んだ。「相原! 古代に石を捨てろと言え!」
艦橋が静まった。沖田の声は加藤にも聞こえたのだろう。真田が見る画面の中で、驚きの顔で絶句していた。
艦橋クルーも全員が、振り返って沖田を見た。波動砲を直すのにはコスモナイトが必要だ。古代がそれを運んでいる。だから古代を見捨てられないという話だったはずなのに、なぜ――と誰もが問いたげだった。しかし沖田は言った。
「相原! 聞こえなかったのか。古代に石のポッドを捨てて身軽になれと告げるんだ!」
「は、はい」
相原は機器に向き直った。マイクのスイッチを入れて言う。
「〈アルファー・ワン〉、荷物を捨てろ。繰り返す。〈アルファー・ワン〉、荷物を捨てろ」
応答はない。相原は続けた。
「〈アルファー・ワン〉、聞こえるか? ただちに荷物を捨てて身軽に――」
言ったときだった。その画面に《通信途絶》の文字が表れた。同時にアナライザーのメーデーも消える。
「切れた……」
と相原が言った。〈通信途絶〉が意味するのは、〈ゼロ〉が墜ちたということだ――そう考えた顔だった。しかし、メインスクリーンを見上げて表情を変える。
状況図にはまだ〈アルファー・ワン〉を示す指標が映っていた。十五の敵に追われながらも攻撃を躱し続けているのが――。
相原はあらためてすべての機器を確かめた。それから言った。
「古代は通信を切りました」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之