敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
ブラックアウト
「古代サン! ナゼ通信ヲ切ルノデスカ!」
アナライザーが何か言ってる。言ってるけれど、何言ってるんだ? 意味を考える余裕がない。うるさいとしか思えない。今しがたもヘルメットの中に何かの通信が響いてうるさくてたまらなかったが、あれは何を言ってたんだ? なんだろうが聞いてるゆとりなんかないから切っちまったが、大事なことだったのかどうか。
どうでもよかった。とにかく構っていられない。古代はもう頭が働いていなかった。操縦桿を握る腕にも感覚がない。ペダルを踏む足に力も入らない。視界がかすんで前もよく見えない。それでも敵が来るたび機を横転させる。その動きも次第に鈍くなっているのが自分でもわかる。わかるが、どうしようもない。
また敵が来る。今度こそ最後か、と思うが、躱した。ビームの曳光がかすめ抜ける。
とにかく上だ、と古代は思った。上へ。上へ。宇宙へ出れば、そこに〈ヤマト〉が――いるんだろうか? それを確かめる余裕もない。もう置いていかれちまったんじゃないのか? ならばなぜこんなことしている? もうダメだ。次が来たなら撃たれてしまえ。それでラクに――。
なれると思った。だが次の攻撃に、古代は操縦桿を倒していた。もう力が入らぬ腕で、ヘロヘロと。
それでも機がロールを打つのは、左に吊った貨物ポッドが〈ゼロ〉のバランスを崩しているのがかえって幸いしているからだ。何もせずとも機体は横に引っ張られ、螺旋を切って横転する。だが同時に、そのGにより、古代の体も遠心装置にかけられたように振り回される。それに逆らう力ももうない。ただ下へ落ちないように、スロットルを最大にして機をズーム上昇させるだけで精一杯だ。
だが燃料が残り少ない。エンジンももう焼き切れそうだ。翼はたわみ、胴は軋み、真ん中からヘシ折れかけていそうに思える。〈ゼロ〉の機体のすべてが限界に達しかけていた。そして古代も。
視界が暗い。もうほとんど目が見えない。眼だけではない。脳にもロクに血は送られていないだろう――そう思うのは、まだ意識があるってことか。だが最後のその意識も、もう遠のいていきそうだった。
前に敵がいるらしい。それが向かってくるらしい。なんとなくそれがわかるが、手に力が入らない。
腕が重い。動かない。まるで昔の、操縦桿がワイヤーで舵と繋がっているプロペラ飛行機にでも乗っているかのようだった。
宇宙を飛ぶ今どきの機体は、この〈ゼロ〉にしても手首を軽くひねるだけで舵を動かせるはずなのに、ただそれだけの力が出せない。ゴロゴロと転がされる樽の中に閉じ込められて、操縦桿に右手一本でブラ下がっているようなものなのだから……ダメだ、意識が持っていかれる。もうこれ以上――。
とてももたない。そう思った。そのときだった。暗い視界に白い光が散るのが見えた。
なんだ、と思う。幻覚かな。だがその後に、〈ゼロ〉の翼を叩くような衝撃が来た。それが続く。二度、三度。
「古代サン!」アナライザーが言った。「〈やまと〉デス! 〈やまと〉ガ!」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之