敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
援護砲撃
〈ヤマト〉は船を横倒しにするようにしてタイタンに舷腹を向け、主砲の先を巡らしていた。轟音と共にその口から、次々と砲弾が撃ち出される。
撃っているのは、〈三式弾〉と呼ばれる種類の実体弾だ。無数の小さなタマが詰まった砲弾を撃ち出し、時限信管で炸裂させる。打ち上げ花火のようにタマが球状に広がって、数百メートルの範囲の敵を打ち砕く――〈ヤマト〉はいま宇宙から、それをタイタンに〈打ち下ろして〉いるのだった。
狙うのは古代の〈ゼロ〉に群がる敵の戦闘機群。元よりたいして命中率の高い兵器などではなく、一発二発タマが当たれば戦闘機が墜ちるというものでもないが、それでも敵を追い散らすだけの役には立つはずだった。
近くで砲弾が炸裂するだけで衝撃はかなりのものだ。古代を追っていた者達は、慌てふためいて逃げ出した。
〈ヤマト〉の第一艦橋では、南部がコンソールに取り付いて忙しく手を動かしている。〈ヤマト〉の速度と進行方向。めまぐるしく変化する数字の先を読みながら、古代の〈ゼロ〉に当てることなく敵の動きを予測して、千分の一秒単位で時限信管を調整して各砲台に指示を送る――神業と呼ぶべきほどに高度な数学の才を要求される仕事だが、それをやってのけるところが南部が砲雷長として艦橋にいるゆえんだった。
しかしまだ、それだけではない。南部には、他にも気を配らねばならないことがあった。
「各砲とも、砲身が焼き付き気味です。あと何発も撃てませんが……」
「さんざん試射した後だからな」沖田が言った。「もういいだろう。撃ち方やめ」
「撃ち方やめ!」
砲塔が沈黙する。そうなのだった。試射でかなりの数を撃ち、次にガミラス駆逐艦を砲撃し、そして今の三式弾――短時間に撃つだけ撃った〈ヤマト〉の砲は今や過熱状態だ。大艦巨砲主義の宇宙で、強力な砲を持つ〈ヤマト〉は無敵に近い存在となりうる。とは言えそれは、砲身がもつ間に過ぎない。ガンガンぶっぱなしていればすぐに砲はオーバーヒート。撃とうにも撃てなくなってしまうのは実(げ)に当然のことなのだ。
〈ヤマト〉が一度に相手取れるのはせいぜい十隻、たとえ小物の駆逐艦でも三十が限度だろうと推定されていた。それ以上は砲が焼き付き、魚雷やミサイルも底を尽いてしまうだろう、と。
このタイタンの周辺に敵が集まりつつあるが、〈ヤマト〉の砲雷はもう役に立たない。各砲ともにあと数発ずつしか撃てず、一隻沈められるかどうかも怪しい。ましてや大型戦艦を二隻三隻相手取るなど――。
今はできるわけがない。当然ここはもう逃げる一手以外に残されていないのだ。グズグズすれば敵はどんどん数を増やすに違いなかった。
にもかかわらず〈ヤマト〉はタイタンに近づいている。艦橋の窓にはオレンジ色の星が一杯に広がっていた。その厚いもやの中にもう今にも突っ込みそうだ。
「古代は無線を切ったままか」
沖田が言うのに相原が応える。
「呼びかけてはいるんですが……」
「それでも上昇はしています」
と森の代理が言う。スクリーンには、タイタンの大気圏を脱すべく加速上昇する〈アルファー・ワン〉の指標が表示されていた。だが進路は横にそれ、〈ヤマト〉から離れ去ろうとしている。
南部が言う。「何やってんだあいつ?」
「おそらく目がよく見えないのではないでしょうか」新見が言った。「あれだけ機体を振り回したら、Gで視力はほとんどなくなってしまうはずです。脳に酸素が送られず、判断力も失われているものと……」
「まずいな」と真田。「それで着艦させられるのか」
沖田が言う。「とにかく、前に出て誘導するしかあるまい。太田、進路を計算しろ」
「はい。ですが、あまり手間取るようだと……」
「わかっている」沖田は言った。「古代を置き去りにせねばなるまい」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之