敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯
限界
息ができない。
まるで体が呼吸の仕方を忘れてしまったようだった。どこかで菅がふさがってるか、肺がスイッチを切ってるか――何より酸素を必要とするこのときに、体が深く取り込もうとしてくれない。古代は浅く息をつくのがやっとだった。
目が見えない。かすんで計器が読み取れない。自分がどこをどう飛んでいるのかまるでわからない。宇宙だ。それはどうやらわかる。下にタイタン。青い霞に縁取られたオレンジ色のもやの固まり。その弧を描くもやと宇宙の境界線が窓に傾いて見えている。
なんで傾いているんだっけ。そうだ、片方の翼にだけ荷を吊るしているからだ。ガタガタと機の振動が伝わってくる。無理な機動をあまりに長く続けたために、あちらこちらにガタつきを生(しょう)じさせているのだろう。あれだけの敵に狙われたのだ。何発かビームのタマも喰らっているに違いないと古代は思った。
あらゆる意味で飛んでいるのが不思議と思える。この〈ゼロ〉は今、バラバラに空中分解したとしてもおかしくない。船を出るとき整備員に言われたな。無理に機首を上げ下げすればでんぐりがえると。今のこの機をほんのちょっとズームかダイブさせたならば、間違いなく――。
こいつはあと、どれだけもつんだ。機体や翼だけじゃない。燃料は? もう底を尽いてるはずだ。なのに計器を読むこともできない。
視界がかすむだけではない。そちらにめぐらそうとしても、頭も目玉も動いてくれない。自分にはもう、それだけの力も残ってないらしい。
頭が重い。ぼんやりとして、ものを考えることができない。たぶん、一度うなだれたら、もうそれっきり心臓も止まってしまいそうな気がする。
疲れた。おれはこのまんま、眠るようにして死ぬんだろうか。
そう思った。そのときだった。窓の向こう、正面に、光るものが現れた。どうにか見える。それとも、ただの幻覚かな。ひょっとすると、天国か何か、迎えの光なんだろうか。
「古代サン!」アナライザーが言った。「〈やまと〉デス! 前ニ〈やまと〉ガ!」
「やまと?」
「発光信号デス! 『誘導スル。着艦セヨ』」
古代の視界の中で突然、前方の光が大きな船の形を取った。メインの波動エンジンと、下にふたつの補助エンジン。そして無数の標識灯。
〈ヤマト〉だ。さらに、アナライザーが言う信号らしき点滅する光もまた、かすむ視界に見て取れた。
「着艦しろ?」古代は言った。「けど――」
――と、後ろでエンジンが咳(せ)き込んだ。〈ゼロ〉の機体がガクンと揺れ、下に落ちていきそうになる。
一瞬止まったエンジンはすぐ回転を取り戻した。〈ゼロ〉の機体が持ち上がる。
「今ノハナンデス?」とアナライザー。
「燃料がないんだ」古代は言った。「もう何分も飛ばないぞ」
作品名:敵中横断二九六千光年1 セントエルモの灯 作家名:島田信之